
「後足で砂をかける」ということわざ、耳にしたことはあるけれど、正確にどういう意味なのか聞かれると少し迷ってしまいますよね。
なんとなく「良くない行動」を指しているのはわかるけれど、具体的にどんな場面で使えばいいのか、どんな由来があるのか、気になっている方も多いのではないでしょうか。
この記事では、「後足で砂をかける」の意味や由来、実際の使い方を例文とともにわかりやすく解説していきます。
類語や対義語、さらには英語表現まで網羅的にご紹介しますので、きっとこのことわざへの理解が深まるはずですよ。
人間関係やビジネスシーンでのマナーを考えるうえでも役立つことわざですので、ぜひ最後まで読んでみてくださいね。
「後足で砂をかける」を理解するための基礎知識
まずは「後足で砂をかける」というこのことわざの基本的な情報から見ていきましょう。
読み方や意味、そして由来を知ることで、このことわざの本質がしっかりと理解できるようになりますよ。
読み方
「後足で砂をかける」は、「あとあしですなをかける」と読みます。
ここで注意したいのが、「後足」を「うしろあし」と読んでしまうケースがあることなんですね。
でも、このことわざにおいては「あとあし」が正しい読み方とされていますので、覚えておいてくださいね。
「後足」という漢字を見ると、つい「うしろあし」と読みたくなる気持ちはわかりますよね。
でも、ことわざや慣用句では独特の読み方をすることもありますので、こうした点も含めて正確に覚えていくことが大切なんです。
意味
「後足で砂をかける」は、世話になった人や恩義のある相手に対して、裏切りや恩知らずな態度を取り、さらに去り際に迷惑や損害を与えることを表すことわざです。
単に「恩を忘れる」というだけではなく、「去り際にさらにひどいことをする」という意味が含まれているんですね。
これが、このことわざの特徴的なポイントといえるかもしれません。
たとえば、長年お世話になった職場を辞める際に、会社の機密情報を持ち出したり、顧客を勝手に引き抜いたりする行為がこれに当たります。
あるいは、親切にしてくれた人の悪口を言いふらしたり、金銭的に迷惑をかけて去っていったりする場合も「後足で砂をかける」行為といえるでしょう。
相手の善意や好意を踏みにじるような行為として、強く非難する意味合いを持つ言葉なんですね。
語源と由来
この「後足で砂をかける」ということわざの由来は、動物たちの行動にあります。
犬や馬などの動物が、その場から立ち去るときに、後ろ足で地面の砂や土を蹴り上げて、周囲に砂を飛び散らせながら去っていく様子から生まれた表現なんですね。
動物たちがこうした行動をとるのは、自分のにおいを残したり、縄張りを主張したり、あるいは威嚇の意味があったりするようです。
でも、その砂を蹴り散らされた側から見れば、とても迷惑な行為ですよね。
この動物の行動が、人間の行為にたとえられるようになりました。
つまり、去っていく相手が、わざわざ迷惑をかけながら立ち去る姿を、「後ろ足で砂を蹴り上げて去る動物」の姿に重ね合わせたわけなんですね。
特に「後ろ足で」という部分がポイントで、これは「去り際に」「最後の最後に」という意味を強調しているんです。
前を向いて去っていくのではなく、振り返りざまに砂をかけるような、悪意のある行為を表現しているといえるでしょう。
「使い方」がわかる「例文」3選

それでは、「後足で砂をかける」が実際にどのように使われるのか、具体的な例文を見ていきましょう。
さまざまなシチュエーションでの使い方を知ることで、このことわざの理解がより深まるはずですよ。
1:「長年お世話になった会社を辞めるのはいいけれど、退職後にSNSで元上司の悪口を書き込むなんて、後足で砂をかけるようなものだよ」
これは、現代的な「後足で砂をかける」行為を表す典型的な例文なんですね。
会社を辞めること自体は誰にでも権利がありますし、悪いことではありません。
でも、退職した後にわざわざSNSで元職場や元上司の批判を公開するのは、まさに「去り際に砂をかける」行為といえるでしょう。
お世話になった恩を忘れて、さらに相手の評判を傷つけるような行為は、道徳的にも問題がありますよね。
こういった行為を戒めるために、このことわざが使われることが多いんです。
デジタル時代の今、SNSでの暴露や悪口の書き込みは、まさに現代版の「後足で砂をかける」行為として問題になっているんですね。
2:「彼は、あれだけ親身に指導してくれた師匠のもとを去る際、顧客リストを勝手に持ち出して独立した。まさに後足で砂をかける行為だ」
この例文は、ビジネスシーンでの「後足で砂をかける」行為を表していますね。
師匠や先輩から技術や知識を教わり、育ててもらった恩義があるにもかかわらず、独立する際に顧客情報や機密情報を持ち出すのは、明らかな裏切り行為です。
独立すること自体は素晴らしいことかもしれません。
でも、その過程で恩人に損害を与えるようなやり方をするのは、倫理的にも法的にも問題がある場合が多いんですね。
こうした行為は、「恩を仇で返す」という表現とも重なる部分があります。
世話になった人を裏切り、さらに迷惑をかけて去るという、二重の意味で非難されるべき行為なんです。
3:「お世話になった先輩に『もっと早く教えてくれればよかったのに』なんて文句を言いながら辞めるなんて、後足で砂をかけるようなものだね」
この例文は、日常的な人間関係での使用例ですね。
先輩や先生に教えてもらったことに対して、感謝の気持ちを持つのが普通だと思いますよね。
でも、去り際に「もっとこうしてほしかった」「あれが足りなかった」などと文句を言うのは、相手の好意を無にするような行為といえるでしょう。
もちろん、改善点を建設的に伝えることは大切なこともあります。
でも、去り際に不満をぶつけるだけで去るのは、相手への配慮に欠けた行為なんですね。
感謝の気持ちを持ちながら別れることができれば、お互いにとって良い関係のまま終われますよね。
それができないのは、やはり「後足で砂をかける」ような態度だと言われても仕方がないかもしれません。
似た意味の「ことわざ」は?「類語」「言い換え」表現
「後足で砂をかける」と似た意味を持つことわざや慣用句は、いくつか存在します。
それぞれ微妙にニュアンスが異なりますので、状況に応じて使い分けられると良いですね。
恩を仇で返す(おんをあだでかえす)
「恩を仇で返す」は、親切にしてもらったことに対して、感謝するどころか害を与えるような行為をすることを表すことわざです。
「後足で砂をかける」との共通点は、恩義のある相手を裏切るという点なんですね。
どちらも相手の善意に対して、ひどい仕打ちをすることを非難する表現といえるでしょう。
ただし、「恩を仇で返す」は「受けた恩に対する裏切り」そのものを強調するのに対して、「後足で砂をかける」は「去り際の迷惑行為」という要素がより強調されている点が違いなんです。
たとえば、お世話になった人を陥れるような行為全般には「恩を仇で返す」が使いやすく、特に別れ際や退職時の行為には「後足で砂をかける」がぴったりくる感じですね。
飼い犬に手を噛まれる(かいいぬにてをかまれる)
「飼い犬に手を噛まれる」は、可愛がって世話をしてきた相手から、予期せぬ裏切りや害を受けることを表すことわざです。
自分が大切に育てた犬に噛まれるというのは、本当にショックな出来事ですよね。
それほど信じていた相手から裏切られたときの驚きや悲しみを表現しているんです。
「後足で砂をかける」との違いは、視点が「裏切られた側」に置かれている点なんですね。
「後足で砂をかける」は裏切る側の行為を非難する表現ですが、「飼い犬に手を噛まれる」は裏切られた側の状況を嘆く表現といえるでしょう。
使い分けとしては、第三者が裏切り行為を批判するときは「後足で砂をかける」、自分が裏切られた経験を語るときは「飼い犬に手を噛まれた」を使うとしっくりくるかもしれませんね。
恩知らず(おんしらず)
「恩知らず」は、受けた恩義を忘れて感謝の気持ちを持たない人、あるいはそのような態度を指す言葉です。
ことわざではなく名詞表現ですが、「後足で砂をかける」と非常に近い意味を持っているんですね。
相手の善意や親切を当然のものとして扱い、感謝しない態度を批判する言葉といえるでしょう。
「後足で砂をかける」が具体的な「行為」を描写するのに対して、「恩知らず」はその人の「性質」や「態度」全般を指す点が異なります。
たとえば、「彼は恩知らずな人間だ」と使えば人格批判のニュアンスになりますし、「恩知らずな行為だ」と使えば特定の行動への批判になりますね。
一方、「後足で砂をかける」は具体的な場面や行為を描写するときにより適しているといえるでしょう。
「対義語」は?
「後足で砂をかける」の反対の意味を持つことわざも見ていきましょう。
これらを知ることで、より良い人間関係の築き方や、美しい別れ方についても考えられるようになりますよ。
立つ鳥跡を濁さず(たつとりあとをにごさず)
「立つ鳥跡を濁さず」は、その場を去るときには、跡を濁さず、きれいな状態にしておくべきだという教えを表すことわざです。
水鳥が飛び立つときに、水を濁さないようにきれいに飛び立っていく様子から生まれた表現なんですね。
転じて、立ち去るときや引き継ぎをするときには、後に残る人が困らないようにきちんと整理してから去りましょう、という意味で使われます。
これはまさに「後足で砂をかける」の対義語といえるでしょう。
去り際に迷惑をかけるのではなく、むしろきれいに整えて去るという、正反対の態度を表しているんですね。
退職する際には、業務の引き継ぎをしっかり行い、お世話になった方々に感謝を伝えて去る。
そんな美しい別れ方を表現するときに使われることわざなんです。
終わり良ければすべて良し(おわりよければすべてよし)
「終わり良ければすべて良し」は、物事は最後の結末が良ければ、途中の過程がどうであれ、全体として良い評価になるという意味のことわざです。
もともとはシェイクスピアの戯曲のタイトル「All's Well That Ends Well」の日本語訳として広まった表現なんですね。
「後足で砂をかける」が「去り際のひどい行為」を非難するのに対して、このことわざは「去り際・終わり方の重要性」を肯定的に説くものといえるでしょう。
人間関係でもビジネスでも、最後の印象がその人の全体的な評価を左右することは多いですよね。
だからこそ、去り際にはより一層気をつけて、良い印象を残すことが大切なんです。
有終の美を飾る(ゆうしゅうのびをかざる)
「有終の美を飾る」は、物事を最後まで立派にやり遂げて、美しく締めくくることを意味する慣用句です。
「有終」とは「終わりがある」「最後まで成し遂げる」という意味で、「美」は「美しいこと」「立派なこと」を表しているんですね。
つまり、立派な終わり方をするという意味になります。
「後足で砂をかける」が去り際の醜い行為を表すのに対して、「有終の美を飾る」は去り際の立派な姿勢を称賛する表現なんですね。
たとえば、長年勤めた会社を定年退職する際に、最後の仕事まできちんとこなし、後輩たちにしっかり引き継いで、感謝を伝えて去る。
そんな姿勢を「有終の美を飾った」と表現するわけです。
「英語」で言うと?
「後足で砂をかける」に相当する英語表現もいくつか存在します。
日本語のことわざとは少し異なる比喩が使われていて、面白いですよ。
bite the hand that feeds you(あなたを養ってくれる手を噛む)
この表現は、自分を助けてくれている人や恩恵を与えてくれている人に対して、攻撃したり害を与えたりすることを意味します。
直訳すると「あなたに食べ物を与えてくれる手を噛む」となり、まさに日本語の「飼い犬に手を噛まれる」に近いニュアンスですね。
自分を支えてくれている相手を裏切る行為を強く非難する表現なんです。
例文としては、「Don't bite the hand that feeds you.(自分を支えてくれている人を裏切ってはいけない)」のように使われます。
「後足で砂をかける」との共通点は、恩義のある相手に対する裏切り行為を批判するという点なんですね。
ビジネスシーンでも日常会話でも広く使われる表現ですよ。
burn one's bridges(橋を燃やす)
「burn one's bridges」は、過去との関係を断ち切る、特に戻れないように関係を破壊することを意味する慣用句です。
橋を燃やしてしまえば、もう戻ることができなくなりますよね。
そこから、関係修復ができないような形で別れること、特に去り際に相手を怒らせるような行為をすることを表現しているんです。
例文としては、「He burned his bridges when he quit the company by insulting his boss.(彼は上司を侮辱して会社を辞めたので、橋を燃やしてしまった)」のように使われます。
「後足で砂をかける」との共通点は、去り際の破壊的な行為によって、もう戻れない関係にしてしまうというニュアンスなんですね。
ただし、英語の表現の方が「自分にとっても不利益」という含みがある点が少し異なるかもしれません。
leave on bad terms(悪い条件で去る)
「leave on bad terms」は、良くない関係のまま別れる、険悪な雰囲気で去ることを意味する表現です。
直訳すると「悪い状態で去る」という意味で、比較的ストレートな表現ですね。
ビジネスシーンでも日常会話でも使いやすい、汎用性の高い言い回しといえるでしょう。
例文としては、「Try not to leave on bad terms with your employer.(雇用主と険悪な関係で別れないようにしましょう)」のように使われます。
「後足で砂をかける」ほど強烈な非難のニュアンスはありませんが、去り際の関係性の悪さを表現する点では共通していますね。
より穏やかに、でも明確に「良くない別れ方」を指摘したいときに使える表現なんです。
まとめ
「後足で砂をかける」ということわざについて、意味から由来、使い方まで詳しく見てきましたね。
このことわざの核心は、恩義のある相手を裏切り、去り際にさらに迷惑をかける行為を強く非難するという点にあります。
犬や馬が後ろ足で砂を蹴り散らして去る様子から生まれた表現で、視覚的にもわかりやすい比喩といえるでしょう。
現代では、退職時の振る舞いやSNSでの元関係者への批判など、デジタル時代ならではの「後足で砂をかける」行為も問題になっていますよね。
だからこそ、このことわざの教訓は今でも色あせることなく、私たちに大切なことを教えてくれているんですね。
対義語である「立つ鳥跡を濁さず」の精神を持って、どんな別れのときも感謝の気持ちを忘れず、相手に敬意を払って去ることができれば素敵ですよね。
それが、長い人生の中で良い人間関係を築いていくための大切な姿勢なのかもしれません。
ぜひ、この「後足で砂をかける」ということわざの意味を心に留めて、日々の人間関係やビジネスシーンで活かしてみてくださいね。