
「求めよさらば与えられん」って聞いたことはあるけど、正確にどういう意味なのか聞かれると迷ってしまいますよね。
なんとなく「努力すれば報われる」みたいな意味だと思っているけれど、もともとどこから来た言葉なのか、どんな場面で使うのが正しいのか、気になっている方も多いのではないでしょうか。
実はこの言葉、新約聖書に由来する深い意味を持ったことわざなんですね。
この記事では、「求めよさらば与えられん」の意味や由来、具体的な使い方を例文と共に詳しく解説していきます。
類語や対義語、英語表現まで網羅的にご紹介しますので、きっとこのことわざを日常で使いこなせるようになりますよ。
「求めよさらば与えられん」を理解するための基礎知識

まずは「求めよさらば与えられん」の基本的な情報から見ていきましょう。
読み方や正確な意味、そしてこの言葉がどこから来たのかを知ることで、より深く理解できるようになりますよね。
読み方
「もとめよさらばあたえられん」と読みます。
「さらば」という古風な表現が入っているので、初めて見た方は読み方に迷うかもしれませんね。
「さらば」は現代語で言うと「そうすれば」という意味なんです。
ですから全体としては「求めなさい、そうすれば与えられる」という意味になりますよ。
意味
「求めよさらば与えられん」は、積極的に行動し、努力して求めれば、必ず成果や結果が得られるという意味のことわざです。
待っているだけでは何も得られないけれど、自分から動いて求めていけば道は開けるという教えなんですね。
もともとは神に祈り求めれば必ず答えてくださるという宗教的な意味を持っていましたが、日本では「努力すれば報われる」という一般的な教訓として広く使われています。
ただ座って待っているだけではダメで、自分から積極的に動くことの大切さを伝えているんですね。
きっと皆さんも、何かを得たいと思ったら行動しなければならないって実感されているのではないでしょうか。
語源と由来
「求めよさらば与えられん」の由来は、新約聖書の『マタイによる福音書』7章7節にあります。
これは「山上の垂訓」と呼ばれるイエス・キリストの教えの一部なんですね。
また、『ルカによる福音書』11章9節にも同様の表現が登場します。
聖書の原文を現代語に訳すと「求めなさい。そうすれば与えられる。捜しなさい。そうすれば見いだす。門をたたきなさい。そうすれば開かれる」となります。
この言葉の背景には、神に対する信仰心と祈りの大切さがあるんですね。
聖書では、悪い親でさえ子どもに良いものを与えるのだから、天の父である神は祈り求める者に必ず聖霊や信仰を与えてくださるという例えで説明されています。
また、ルカによる福音書では、友人が深夜に訪ねてきてパンを求める譬え話が添えられていて、しつこいほど求める姿勢の重要性が強調されているんです。
日本には明治時代以降、キリスト教の聖書が翻訳される中でこの言葉が入ってきました。
もともとの宗教的な文脈を超えて、「積極的に行動すれば成果が得られる」という普遍的な教訓として、日常のことわざとして定着していったんですね。
現代では、ビジネスシーンや自己啓発の場面でもよく引用される言葉となっていますよ。
「使い方」がわかる「例文」3選

それでは、「求めよさらば与えられん」を実際にどのように使うのか、具体的な例文を見ていきましょう。
様々なシチュエーションでの使い方を知ることで、自分でも使えるようになりますよね。
1:「求めよさらば与えられんというように、まずは自分から行動を起こすことが大切だよ」
これは、誰かにアドバイスをする場面での使い方ですね。
例えば、友人が「仕事で新しいプロジェクトに参加したいけど、声がかかるのを待っている」と言っているとします。
そんな時に「求めよさらば与えられんというように、まずは自分から行動を起こすことが大切だよ。上司に直接希望を伝えてみたら?」とアドバイスできますよね。
待っているだけでは機会は訪れないけれど、自分から積極的に動けば道が開けるという励ましの意味が込められています。
このように、行動を促す場面でよく使われる表現なんですね。
2:「求めよさらば与えられん。目標があるなら、心配になるほどいろいろな方法を試してみるべきだ」
これは自己啓発やモチベーションに関する文脈での使い方です。
例えば、起業を目指している人が「失敗したらどうしよう」と不安に思っているとしましょう。
そんな時に「求めよさらば与えられん。目標があるなら、心配になるほどいろいろな方法を試してみるべきだ。人脈を広げる、資金調達の方法を調べる、試作品を作ってみる…とにかく動くことだよ」と言えますよね。
ここでのポイントは、「心配になるほどいろいろな方法を試す」という表現です。
聖書の教えにもある「しつこく求める姿勢」を現代的に表現していて、一つの方法がダメでも諦めずに次々と挑戦することの大切さを伝えているんですね。
3:「道路に座っていてもお金はもらえない。求めよさらば与えられんだ」
これは少し厳しい現実を伝える場面での使い方ですね。
受け身の姿勢ではなく、能動的に動くことの必要性を強調しています。
例えば、若手社員が「もっと評価されたい」と愚痴をこぼしているけれど、特に何も行動していない場合に使えます。
「道路に座っていてもお金はもらえない。求めよさらば与えられんだ。評価されたいなら、まず実績を作る努力をしないと」という感じですね。
もしかしたら少し厳しく聞こえるかもしれませんが、行動しなければ何も始まらないという現実を伝える時に効果的な表現なんです。
ビジネスの世界では特に、この「行動の重要性」を強調する文脈でよく使われますよ。
似た意味の「ことわざ」は?「類語」「言い換え」表現
「求めよさらば与えられん」と似た意味を持つことわざや表現は他にもいくつかありますよね。
それぞれ微妙にニュアンスが違うので、使い分けられると表現の幅が広がりますよ。
果報は寝て待て
「果報は寝て待て」は、努力した後は焦らず結果を待つべきだという意味のことわざです。
「求めよさらば与えられん」と似ているように見えますが、実は視点が少し違うんですね。
「求めよさらば与えられん」が行動することの大切さを強調しているのに対して、「果報は寝て待て」は行動した後の心構えを説いています。
やるべきことをやったら、あとは無理に焦らず自然な流れに任せるという教えなんですね。
ですから、厳密には「積極的に行動せよ」という意味ではなく、どちらかというと「やれることをやったら、あとは運を天に任せよ」という意味合いが強いんです。
もしかしたら、この二つのことわざは人生の異なる段階で使い分けられるかもしれませんね。
門前の小僧習わぬ経を読む
「門前の小僧習わぬ経を読む」は、環境に身を置いていれば自然と学べるという意味のことわざです。
お寺の門前にいる子どもが、習わなくても毎日聞いているうちにお経を覚えてしまうという例えですね。
これは「求めよさらば与えられん」とは少し角度が違って、環境の力や継続の大切さを説いています。
「求めよさらば与えられん」が積極的な行動を促すのに対して、「門前の小僧」は良い環境に身を置くことの重要性を教えているんですね。
ただし、どちらも「受け身ではいけない」という点では共通していて、前者は自分から求める行動を、後者は良い環境に自分から飛び込む行動を示唆しているとも言えますよね。
叩けよ、さらば開かれん
「叩けよ、さらば開かれん」は、実は「求めよさらば与えられん」と同じ聖書の教えから来ています。
先ほど説明した「求めなさい。そうすれば与えられる。捜しなさい。そうすれば見いだす。門をたたきなさい。そうすれば開かれる」という聖書の言葉の最後の部分ですね。
意味としては「扉を叩けば開いてもらえる」、つまり積極的にアプローチすれば道は開けるということです。
「求めよさらば与えられん」とほぼ同じ意味で使われますが、「叩く」という具体的な動作のイメージから、より積極的に働きかけるニュアンスが強いかもしれませんね。
「機会の扉を叩く」という表現もありますし、チャンスをつかむために自分から行動する姿勢を表すのに適した言葉ですよ。
天は自ら助くる者を助く
「天は自ら助くる者を助く」は、自分で努力する人には天も味方するという意味の格言です。
これはイギリスのことわざ「Heaven helps those who help themselves」の訳で、西洋の思想を反映した言葉なんですね。
「求めよさらば与えられん」と非常に近い意味を持っていて、自分から行動する者には報いがあるという教訓を含んでいます。
違いとしては、「求めよさらば与えられん」が「求める」という行為に焦点を当てているのに対して、「天は自ら助くる者を助く」は「自助努力」全般を指している点ですね。
どちらも、人任せにせず自分で動くことの大切さを説いているという点で共通していますよ。
「対義語」は?
「求めよさらば与えられん」の反対の意味を持つことわざも見てみましょう。
対義語を知ることで、元の言葉の意味がより明確になりますよね。
果報は寝て待て
先ほど類語としても紹介しましたが、「果報は寝て待て」は見方によっては対義語とも言えます。
「求めよさらば与えられん」が積極的な行動を促すのに対して、「果報は寝て待て」は焦らず待つことを勧めていますよね。
もちろん、「果報は寝て待て」も「努力した後に」という前提があるので完全な対義語ではありませんが、行動のフェーズが違うんですね。
「求めよさらば与えられん」が「まだ行動していない人」に向けた言葉なら、「果報は寝て待て」は「すでに行動した人」に向けた言葉と言えるかもしれません。
ですから、文脈によっては対照的に使われることもあるんですよ。
棚からぼた餅
「棚からぼた餅」は、努力しなくても思いがけない幸運が舞い込むという意味のことわざです。
これはまさに「求めよさらば与えられん」の対義語と言えますよね。
「求めよさらば与えられん」が「行動すれば得られる」と教えているのに対して、「棚からぼた餅」は「何もしなくても運良く得られることがある」という意味ですから。
もちろん、「棚からぼた餅」はラッキーな出来事を表す言葉であって、それを期待して何もしないことを推奨しているわけではありませんよね。
むしろ、そんな幸運は滅多にないという皮肉を込めて使われることもあります。
だからこそ、「棚からぼた餅を待っていてもダメだ。求めよさらば与えられんだ」というように、対比して使うこともできるんですね。
石橋を叩いて渡る
「石橋を叩いて渡る」は、慎重すぎるほど用心深く行動するという意味のことわざです。
これは「求めよさらば与えられん」とは対照的な姿勢を表していますよね。
「求めよさらば与えられん」が積極的に前に進む行動を促すのに対して、「石橋を叩いて渡る」は慎重に確認してから進む姿勢を表しているんです。
もちろん、慎重さ自体は悪いことではありませんよね。
でも、あまりに慎重すぎて行動を起こせないようでは、「求めよさらば与えられん」の精神とは逆になってしまいます。
きっと、両方のバランスが大切なんでしょうね。
リスクを見極めつつも、やはり最終的には行動に移す勇気が必要だということかもしれません。
「英語」で言うと?
「求めよさらば与えられん」を英語ではどう表現するのか気になりますよね。
実は聖書由来の言葉なので、英語の聖書にも同じ表現があるんです。
それ以外にも似た意味の英語のことわざがありますので、いくつか見ていきましょう。
Ask, and it shall be given you.(求めなさい、そうすれば与えられるでしょう)
これは英語の聖書(King James Version)における「求めよさらば与えられん」の直訳です。
まさに元の言葉そのものなんですね。
完全な文章は「Ask, and it shall be given you; seek, and ye shall find; knock, and it shall be opened unto you.」となります。
現代英語では「shall」を「will」に置き換えて「Ask, and it will be given to you.」とも表現されますよ。
聖書由来の表現なので、英語圏でも同じ文化的背景を持つ人には通じやすい言葉です。
ビジネスシーンでも、キリスト教文化圏では自然に使われることがありますね。
Nothing ventured, nothing gained.(冒険しなければ何も得られない)
「Nothing ventured, nothing gained.」は、リスクを取らなければ成功もないという意味の英語のことわざです。
直訳すると「危険を冒さなければ、何も得られない」となります。
「求めよさらば与えられん」と同様に、行動を起こすことの重要性を説いていますよね。
ただし、「venture(冒険する、リスクを取る)」という単語が使われているように、少しリスクを伴う挑戦のニュアンスが強いかもしれませんね。
ビジネスの世界で新しいプロジェクトを始める時などに、よく引用される表現ですよ。
「求めよさらば与えられん」が「求める」という行為に焦点を当てているのに対して、こちらは「挑戦」に焦点を当てている点が少し違いますね。
Fortune favors the bold.(運は大胆な者に味方する)
「Fortune favors the bold.」は、勇気を持って行動する人に幸運が訪れるという意味のことわざです。
古代ローマの詩人テレンティウスの言葉「Fortis Fortuna adiuvat」に由来する格言なんですね。
「求めよさらば与えられん」と似た意味を持っていて、積極的に行動する者には報いがあるという教訓を含んでいます。
「bold(大胆な、勇敢な)」という形容詞が使われているので、単に行動するだけでなく、恐れずに挑戦する姿勢を強調しているんですね。
スポーツやビジネスの世界で、チャレンジ精神を鼓舞する時によく使われる表現ですよ。
もしかしたら、「求めよさらば与えられん」よりも、もう一歩踏み込んだ「勇気ある行動」を促す言葉と言えるかもしれませんね。
まとめ
「求めよさらば与えられん」について、意味や由来、使い方を詳しく見てきましたが、いかがでしたか。
このことわざは新約聖書に由来する言葉で、もともとは神に祈り求める信仰心の大切さを説いたものでしたよね。
でも現代の日本では、「積極的に行動すれば成果が得られる」という普遍的な教訓として広く使われているんですね。
待っているだけでは何も始まらない、自分から動いてこそ道が開けるという、きっと誰もが心のどこかで感じている真理を表した言葉だと思います。
類語として「天は自ら助くる者を助く」や「叩けよ、さらば開かれん」、対義語として「棚からぼた餅」や「果報は寝て待て」などがありましたね。
それぞれ微妙にニュアンスが違うので、場面に応じて使い分けられると表現の幅が広がりますよ。
仕事でも人間関係でも、何か新しいことを始めたい時、目標に向かって一歩踏み出したい時、「求めよさらば与えられん」という言葉を思い出してみてください。
きっと、背中を押してくれる力強いメッセージになるはずです。
ぜひ、日常の会話や自分への励ましの言葉として、このことわざを活用してみてくださいね。