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「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」の意味や由来とは?例文でわかりやすく解説!

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」の意味や由来とは?例文でわかりやすく解説!

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」ということわざを聞いたことはあるけれど、正確な意味を説明するのは難しいですよね。

この言葉は、古代中国の歴史書『史記』に由来する格調高い表現で、現代でもビジネスシーンや自己啓発の場面でよく使われているんですね。

大志を抱いている人と、そうでない人との間には、視野やスケールの大きな違いがあることを表していますが、もしかしたら誤解されやすい表現かもしれませんね。

この記事では、「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」の意味や由来、実際の使い方の例文、さらには類語や対義語、英語表現まで、網羅的に解説していきます。

この記事を読めば、きっとこのことわざを自信を持って使えるようになりますよ。

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」を理解するための基礎知識

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」を理解するための基礎知識

まずは、「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」の基本的な情報から見ていきましょう。

読み方

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」は、「えんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんや」と読みます。

読み方が難しいですよね。

特に「安んぞ」(いずくんぞ)という部分は、現代日本語ではほとんど使われない古風な表現なので、初めて見た方は戸惑うかもしれませんね。

また、四字熟語として「燕雀鴻鵠」(えんじゃくこうこく)という形で使われることもあるんですね。

意味

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」の意味は、小人物には大人物の遠大な志は理解できないということです。

言葉を分解してみると、その意味がよくわかりますよね。

  • 燕雀(えんじゃく):つばめとすずめのこと。軒下など低い場所を飛ぶ小さな鳥で、平凡な人物や小人物を表しています
  • 鴻鵠(こうこく):おおとり(コウノトリ)と白鳥(くぐい)のこと。はるか上空を飛ぶ大きな鳥で、大人物や英雄を表しています
  • 安んぞ(いずくんぞ):「どうして」「なぜ」という意味の副詞です
  • 知らんや(しらんや):「知る」+推量の助動詞「む」+反語の終助詞「や」で、「知らないだろう」という反語表現です

つまり、「つばめやすずめが、どうして大きな鳥の志を知ることができようか(いや、知るはずがない)」という意味なんですね。

これは単に「理解できない」という意味だけではなく、大人物が抱く大きな志や理想の素晴らしさを肯定的に表現する言葉でもあるんですよ。

語源と由来

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」の由来は、中国の歴史書『史記』の「陳渉世家」に記されているエピソードなんですね。

時は紀元前209年、中国の秦の時代の話です。

陳勝(ちんしょう)という人物が、まだ日雇い労働者として畑仕事をしていた頃のことでした。

ある日、陳勝さんは一緒に働く仲間たちに、こう言ったんですね。

「もし将来、お互いに金持ちになることがあっても、お互いのことを忘れずにいよう」

すると、周囲の労働者たちは陳勝さんを嘲笑して言いました。

「お前たちのような日雇い労働者が、どうして金持ちになれるというのだ」

この時、陳勝さんが深いため息をついて発した言葉が「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」だったんですね。

陳勝さんは、周囲の人たちには理解できない大きな志を心に秘めていたんです。

そして実際に、陳勝さんはその後、秦の圧政に対して農民反乱を起こし、一時は「楚王」という称号を得るまでになったんですね。

残念ながら陳勝さんの反乱は最終的には鎮圧されてしまいましたが、彼の蜂起は後の「項羽と劉邦」の時代につながる重要な出来事だったんですよ。

この歴史的なエピソードから、「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」は、周囲に理解されなくても自分の大きな志を持ち続けることの大切さを示すことわざとして、2000年以上も語り継がれているんですね。

「使い方」がわかる「例文」3選

「使い方」がわかる「例文」3選

それでは、実際の使い方を例文で見ていきましょう。

1:「周囲に反対されても、燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやという気持ちで起業を決意した」

この例文は、自分の大きな志を貫く決意を表す場面で使われていますね。

起業しようとする時、周囲の人たちから「安定した仕事を辞めるなんてもったいない」「失敗したらどうするんだ」などと反対されることがありますよね。

でも、本人には大きなビジョンや情熱があるんです。

そういった状況で、「小さな視野の人には自分の大きな志は理解できないだろう」という意味で使われているんですね。

この使い方は、自分自身を鼓舞し、周囲の雑音に惑わされない強い意志を示していますよね。

2:「彼の壮大な計画を笑う者もいたが、燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやというものだ」

この例文は、他者の大きな志を理解できない人を評する場面で使われていますね。

誰かが大きなチャレンジや野心的な計画を立てた時、それを理解できずに笑ったり馬鹿にしたりする人がいることがありますよね。

そんな人たちに対して、「あなたたちには彼の志の大きさが理解できないのだ」という意味で使われているんです。

この使い方は、やや上から目線になる可能性もあるので、使う場面には注意が必要かもしれませんね。

3:「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや、いつかこのプロジェクトの価値をわかる日が来るだろう」

この例文は、現在は理解されなくても将来的には認められるという希望を込めた場面で使われていますね。

革新的なアイデアや先進的な取り組みは、最初はなかなか理解されないことが多いですよね。

でも、時間が経つにつれて、その価値が認められることがあるんです。

そういった状況で、「今は理解されなくても、いずれその志の大きさがわかる時が来る」という前向きな意味で使われているんですね。

この使い方は、自分や仲間を励ますポジティブな文脈で用いられていますよね。

似た意味の「ことわざ」は?「類語」「言い換え」表現

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」と似た意味を持つことわざや表現を見ていきましょう。

鴻鵠の志(こうこくのこころざし)

「鴻鵠の志」は、大人物が抱くような遠大な志や理想を意味する四字熟語なんですね。

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」から派生した表現で、「鴻鵠」つまり大きな鳥が象徴する大きな志そのものを指しているんです。

例えば、「彼は若い頃から鴻鵠の志を抱いていた」というように使いますよね。

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」が「理解されない」という文脈を含むのに対して、「鴻鵠の志」は単純に「大きな志」という肯定的な意味で使われることが多いんですね。

大鵬一日同風起(たいほういちじつかぜとともにおこる)

「大鵬一日同風起」は、大人物はいつか必ず大きく飛躍するという意味のことわざなんですね。

これは中国の詩人・李白の詩に由来する表現で、「大鵬」という伝説の巨大な鳥が、強い風とともに九万里もの高さまで飛び上がるという故事から来ているんです。

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」が小人物と大人物の対比を強調するのに対して、「大鵬一日同風起」は大人物の将来的な飛躍に焦点を当てているという違いがありますね。

井の中の蛙大海を知らず(いのなかのかわずたいかいをしらず)

「井の中の蛙大海を知らず」は、狭い世界に閉じこもっている者は、広い世界のことを知らないという意味のことわざですよね。

井戸の中に住む蛙は、自分の住む井戸がすべてだと思っていて、大海のような広大な世界があることを知らないという比喩なんですね。

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」と似ていますが、微妙な違いもあるんです。

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」は「志の大きさ」の違いに焦点がありますが、「井の中の蛙大海を知らず」は「視野の狭さ」や「知識の範囲」に焦点があるんですね。

夏虫疑氷(かちゅうこおりをうたがう)

「夏虫疑氷」は、見聞の狭い者には広い道理が理解できないという意味の四字熟語なんですね。

夏にしか生きられない虫が、冬の氷のことを聞いても信じられないという比喩から来ているんです。

この表現も「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」と似ていますが、どちらかというと「経験や知識の違い」による理解の差を表しているんですね。

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」が「志や器の大きさ」の違いを強調するのに対して、「夏虫疑氷」は「知見の範囲」の違いを強調している点が異なりますよね。

「対義語」は?

それでは、「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」の対義的な意味を持つことわざや表現を見ていきましょう。

以心伝心(いしんでんしん)

「以心伝心」は、言葉を使わなくても心と心で通じ合うことを意味することわざですよね。

元々は禅宗の言葉で、師匠の悟りの境地が弟子の心に伝わることを表していたんですね。

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」が「理解されない」「通じ合えない」という状況を表すのに対して、「以心伝心」は完全に理解し合える状態を表しているんです。

対義語としてぴったりですよね。

英雄識英雄(えいゆうえいゆうをしる)

「英雄識英雄」は、優れた人物は同じく優れた人物を見抜くことができるという意味のことわざなんですね。

中国の『三国志』などにも登場する表現で、同じレベルの人物同士は互いを理解できるという意味なんです。

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」が「異なるレベルの者同士は理解できない」ことを表すのに対して、「英雄識英雄」は「同じレベルの者同士は理解し合える」ことを表している点で対義的なんですね。

一を聞いて十を知る(いちをきいてじゅうをしる)

「一を聞いて十を知る」は、わずかなことから多くのことを理解する優れた理解力を表すことわざですよね。

孔子の弟子の顔回が、少し聞いただけで多くのことを理解する優秀な弟子だったことから来ているとされているんですね。

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」が「理解できない」という状況を表すのに対して、「一を聞いて十を知る」は「深く理解できる」という能力を表している点で対照的なんです。

「英語」で言うと?

最後に、「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」を英語ではどう表現するか見ていきましょう。

Ask not the sparrow how the eagle soars.(スズメに鷲がどのように飛ぶかを聞くな)

この英語表現は、「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」の直接的な英訳として使われているんですね。

「sparrow(スズメ)」と「eagle(鷲)」という小さな鳥と大きな鳥の対比が、日本語の「燕雀」と「鴻鵠」の対比と同じ構造になっていますよね。

「Ask not(尋ねるな)」という否定の命令形を使うことで、「小さな視野の者に大きな志を問うても無駄である」という意味を表現しているんです。

格調高い表現なので、文学的な文章やフォーマルなスピーチなどで使われることが多いですよね。

Little minds can't comprehend great spirits.(小さな心は偉大な精神を理解できない)

この表現は、より直接的に「理解できない」という意味を強調した英語表現なんですね。

「little minds(小さな心・心の狭い人)」と「great spirits(偉大な精神・大きな志)」という対比構造が使われていますよね。

「can't comprehend(理解できない)」という動詞を使うことで、理解の不可能性をはっきりと表現しているんです。

日常会話でも使いやすい表現かもしれませんね。

A sparrow cannot understand the ambitions of a swan.(スズメには白鳥の野心を理解できない)

この表現も、鳥の大小による比喩を使った英語表現なんですね。

「sparrow(スズメ)」と「swan(白鳥)」という対比で、「燕雀」と「鴻鵠」の関係を表現しているんです。

「ambitions(野心・大志)」という単語を使うことで、「志」という日本語のニュアンスを適切に表現していますよね。

「cannot understand(理解できない)」という否定形で、理解の不可能性を明確に示しているんです。

この表現は、ビジネスシーンでも使いやすい自然な英語表現と言えるかもしれませんね。

まとめ

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」は、小人物には大人物の遠大な志は理解できないという意味のことわざなんですね。

中国の『史記』に記された陳勝さんの故事に由来し、2000年以上も語り継がれてきた格調高い表現なんです。

つばめやすずめのような小さな鳥と、コウノトリや白鳥のような大きな鳥の対比によって、能力や視野、志の大きさの違いを視覚的に表現しているんですね。

このことわざは、周囲に理解されなくても自分の大きな志を貫く決意を表す時や、大人物の考えを理解できない人を評する時に使われますよね。

使う際には、やや上から目線になる可能性もあるので、場面を選ぶことが大切かもしれませんね。

類語には「鴻鵠の志」や「井の中の蛙大海を知らず」などがあり、対義語には「以心伝心」や「英雄識英雄」などがあるんです。

英語では「Ask not the sparrow how the eagle soars.」などと表現されますよね。

もしあなたが大きな志を持っているなら、このことわざを思い出して、周囲の雑音に惑わされずに前進する勇気を持ってくださいね。

きっと、あなたの志を理解してくれる人も現れるはずですよ。