
「引かれ者の小唄」ということわざ、聞いたことはあるけれど、正確な意味を説明できますか?なんとなく負け惜しみのようなニュアンスを感じるかもしれませんが、実際にどんな場面で使うのか、どんな由来があるのか気になりますよね。
このことわざは江戸時代の刑場という重い背景から生まれたものなんですね。現代でも、私たちが日常でよく目にする「強がり」を表現するときに使える便利な言葉なんです。
この記事では、「引かれ者の小唄」の意味・由来・使い方を例文とともにわかりやすく解説していきます。類語や対義語、英語表現まで網羅的にお伝えしますので、きっとあなたもこのことわざを使いこなせるようになりますよ。
「引かれ者の小唄」を理解するための基礎知識

読み方
「引かれ者の小唄」は「ひかれもののこうた」と読みます。
「引かれ者」の部分を「ひかれしゃ」と読み間違えてしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、正しくは「ひかれもの」なんですね。江戸時代の言葉なので、少し馴染みが薄いかもしれませんが、一度覚えてしまえば大丈夫ですよ。
意味
「引かれ者の小唄」は、どうにもならない切羽詰まった状況で、負け惜しみを言ったり平気なふりをして強がることのたとえです。
もう少し詳しく説明すると、明らかに敗北や失敗が決まっているのに、それを認めずに虚勢を張る様子を指すんですね。往生際が悪いとも言えるかもしれません。心の中では恐れや悔しさでいっぱいなのに、外面では平静を装う――そんな人間の心理を表現した言葉なんです。
現代の日常生活でも、試験に落ちたのに「別に本気出してなかったし」と言ったり、恋人にフラれたのに「むしろこっちからお断りしたかったんだ」と強がったりする場面、ありますよね。まさにそれが「引かれ者の小唄」の典型例なんです。
語源と由来
この言葉の由来は江戸時代の刑場での光景にあります。とても重い歴史的背景を持つことわざなんですね。
江戸時代、罪を犯した罪人は「引かれ者」と呼ばれ、裸馬に乗せられて刑場へ連行されました。この「引かれる」というのは、馬や綱で引っ張られて連れて行かれることを意味していたんです。
刑場へ向かう道のりは、罪人にとってまさに人生最後の時間でした。恐怖と絶望でいっぱいだったに違いありませんよね。でも、そんな極限状態でも、一部の罪人たちは虚勢を張って小唄を口ずさんだと言われています。
周りの人々に弱みを見せたくない、最後まで強がっていたい――そんな人間の心理が、この行動に表れていたのかもしれません。恐怖を隠すために、わざと明るく振る舞う。これが「引かれ者の小唄」の原型になったんですね。
江戸時代の処刑文化という厳しい社会的背景の中で生まれたこの表現は、往生際の悪さや心理的な強がりを批判的に描く言葉として定着していきました。現代では刑場という文脈から離れて、もっと身近な「負け惜しみ」や「強がり」を指す言葉として使われるようになっています。
「使い方」がわかる「例文」3選

それでは実際に「引かれ者の小唄」がどんな場面で使われるのか、具体的な例文を見ていきましょう。日常会話からビジネスシーンまで、様々な状況での使い方を理解できますよ。
1:「有罪判決を受けてもしらを切るのは引かれ者の小唄だ」
この例文は、法的な場面での使用例ですね。裁判で有罪判決が確定したにもかかわらず、まだ無実を主張し続ける――そんな状況を表しています。
もう結果は出ているのに、それを認めずに抵抗し続ける姿勢は、まさに「引かれ者の小唄」そのものなんですね。ここでは往生際の悪さを批判するニュアンスが含まれています。
似たような状況は、企業の不祥事会見などでも見られますよね。明らかな証拠があるのに言い訳を重ねる様子を、このことわざで表現することができるんです。
2:「恋人を奪われても平気だと笑うのは引かれ者の小唄だろう」
こちらは恋愛の場面での例文です。大切な恋人を他の人に奪われた――それは誰だって悔しいし、悲しいことですよね。
でも、そんな傷ついた気持ちを隠して「別に平気だよ」「どうでもよかったし」と笑顔で強がる。周りから見れば、その無理をしている様子は明らかなわけです。これも典型的な「引かれ者の小唄」なんですね。
この例文は同情や理解を含んだニュアンスで使われることもあります。「強がっているけど、本当は辛いんだろうな」という相手への共感が込められている場合もあるんです。
3:「試験に落ちて『勉強する気なかったから』と言うのは引かれ者の小唄に過ぎない」
学生さんなら特に共感できる例文かもしれませんね。試験や受験に失敗したとき、「本気出してなかった」「そもそもそんなに行きたくなかった」と言い訳をする――これは私たちの周りでもよく見る光景ではないでしょうか。
この場合の「引かれ者の小唄」は、自分自身を守るための防衛機制としての強がりを指しています。失敗を認めたくない、プライドを傷つけられたくないという心理から出てくる言葉なんですね。
ビジネスの場面でも同じような状況はありますよね。昇進試験に落ちて「元々管理職になりたくなかった」と言ったり、プロジェクトの失敗を他人のせいにしたり。そんな負け惜しみを表現するときにも使えますよ。
似た意味の「ことわざ」は?「類語」「言い換え」表現
「引かれ者の小唄」と似た意味を持つことわざや表現は他にもいくつかあります。それぞれ微妙にニュアンスが違うので、使い分けられるようになると表現の幅が広がりますよ。
負け犬の遠吠え
「負け犬の遠吠え」は、「引かれ者の小唄」と最も近い意味を持つ類語です。負けた後に、遠くから吠えることしかできない犬のように、実際には何もできないのに文句や負け惜しみを言うことを表します。
「引かれ者の小唄」との違いは、こちらの方がより「無力さ」や「惨めさ」のニュアンスが強いところですね。また、「負け犬の遠吠え」は負けた後の言動を指すのに対し、「引かれ者の小唄」は切羽詰まった状況での強がり全般を指すことができます。
例えば「彼の批判は負け犬の遠吠えに過ぎない」というように、敗者の立場からの発言を軽んじる文脈でよく使われますよね。
虚勢を張る
「虚勢を張る」は、実際の実力や状況以上に自分を大きく見せようとする態度を表す慣用句です。これも「引かれ者の小唄」と似た意味を持っていますね。
ただし、「虚勢を張る」は必ずしも敗北や失敗の後に限定されません。勝負の前から強がることもできますし、特に危機的状況でなくても使えるんです。その点で「引かれ者の小唄」よりも使用場面が広い表現と言えるでしょう。
「彼はいつも虚勢を張っている」というように、人の性格や習慣的な行動を表すこともできますよね。
空元気
「空元気」は、本当は元気がないのに、わざと明るく振る舞うことを意味します。これは「引かれ者の小唄」の中でも、特に「平気なふりをする」という側面に焦点を当てた表現なんですね。
「引かれ者の小唄」が負け惜しみや批判的なニュアンスを含むのに対して、「空元気」はもっと中立的で、場合によっては周りを心配させないための気遣いというポジティブな意味合いで使われることもあります。
「病気なのに空元気を出している」というように、本人の苦しい状況を理解しつつも、その頑張りを認める文脈で使われることが多いですよね。
強がり
「強がり」は、もっとも直接的で平易な類語表現です。本当は弱っているのに、強いふりをすることですね。
この言葉は「引かれ者の小唄」のエッセンスを最もシンプルに表現していますが、ことわざ特有の重みや文化的背景は持っていません。日常会話では「強がり」の方が使いやすいかもしれませんが、文章で深みを出したいときは「引かれ者の小唄」を使う方が効果的ですよ。
「子どもの強がり」「男の強がり」というように、様々な文脈で柔軟に使える便利な言葉なんです。
「対義語」は?
「引かれ者の小唄」の対義語を知っておくと、より深く理解できますよね。強がりや負け惜しみとは反対の態度を表す表現を見ていきましょう。
潔い
「潔い(いさぎよい)」は、「引かれ者の小唄」の最も直接的な対義語と言えるでしょう。失敗や敗北を素直に認め、未練がましくない態度を表します。
引かれ者の小唄が「往生際が悪い」様子を表すのに対して、潔さは「往生際が良い」清々しい態度を意味するんですね。日本文化では特にこの「潔さ」が美徳とされてきました。
「試合に負けて潔く認める」「潔く身を引く」というように、結果を受け入れる成熟した態度を示す言葉なんです。ビジネスの場面でも「潔い撤退」「潔い判断」など、前向きな評価として使われますよね。
素直に認める
「素直に認める」は、自分の失敗や間違いを隠さずに受け入れることです。これも引かれ者の小唄とは正反対の態度ですね。
強がらずに現実を受け止める姿勢は、人間関係でも信頼を築く基礎になります。「間違っていました」「私の負けです」と素直に言える人は、周りからも尊敬されることが多いんですよね。
特に子育てや教育の場面では、この「素直に認める」ことの大切さがよく語られます。失敗を認めることは恥ではなく、むしろ成長のチャンスだという考え方が広まってきていますよね。
甘んじて受ける
「甘んじて受ける」は、不本意な結果であっても文句を言わずに受け入れることを意味します。これも引かれ者の小唄とは対照的な態度ですね。
この表現には、責任を引き受ける覚悟や、状況を受け止める度量が感じられます。「処分を甘んじて受ける」「批判を甘んじて受ける」というように、少しフォーマルな場面で使われることが多いんです。
自分の行動の結果を言い訳せずに受け止める――この態度は、「引かれ者の小唄」を歌わない生き方と言えるかもしれませんね。
「英語」で言うと?
「引かれ者の小唄」を英語でどう表現するか、気になりますよね。文化的背景が異なるため完全に同じ表現はありませんが、似た意味を持つ英語のことわざや慣用句はいくつか存在するんです。
Many a one sings that is full sorry.(悲しみに満ちていても歌う者は多い)
この英語のことわざは、「引かれ者の小唄」の英訳例として辞典にも掲載されている表現です。直訳すると「多くの人が悲しみでいっぱいなのに歌っている」となりますね。
心の中では苦しんでいるのに、外面では明るく振る舞う――まさに引かれ者の小唄と同じ意味合いを持っているんです。古い英語の表現なので、現代英語ではあまり使われませんが、文学的な文脈では今でも使われることがありますよ。
Whistling in the dark(暗闇で口笛を吹く)
「Whistling in the dark」は、恐怖や不安を隠すために平静を装うことを意味する英語の慣用句です。これは現代英語でも頻繁に使われる表現なんですね。
暗闇の中で口笛を吹くという行為は、怖くないふりをするための行動ですよね。実際には恐れているのに、自分や他人を安心させようとする――この心理は「引かれ者の小唄」ととても近いものがあります。
ビジネスの場面では「Their optimism is just whistling in the dark(彼らの楽観主義は単なる強がりだ)」というように、根拠のない自信を批判する文脈でも使われますよ。
Sour grapes(酸っぱいブドウ)
「Sour grapes」は、イソップ童話に由来する英語表現で、手に入らなかったものを「どうせ価値がない」と負け惜しみを言うことを意味します。
狐がブドウを取ろうとして失敗し、「あのブドウは酸っぱくてまずいから要らない」と負け惜しみを言った話から生まれた表現なんですね。これは「引かれ者の小唄」の中でも、特に「負け惜しみ」の側面を強調した類語と言えるでしょう。
「That's just sour grapes(それは単なる負け惜しみだ)」というように、日常会話でも頻繁に使われる便利な表現ですよ。昇進できなかった人が「あのポジションは激務だから良かった」と言うような場面にぴったりなんです。
まとめ
ここまで「引かれ者の小唄」について詳しく見てきましたが、いかがでしたか?このことわざの深い意味や使い方が理解できたのではないでしょうか。
最後にポイントをまとめておきますね。「引かれ者の小唄」は、江戸時代の刑場へ引かれる罪人が虚勢を張って小唄を歌った様子に由来し、切羽詰まった状況での負け惜しみや強がりを表すことわざです。
類語には「負け犬の遠吠え」や「虚勢を張る」があり、対義語としては「潔い」や「素直に認める」があります。英語では「Whistling in the dark」や「Sour grapes」が似た意味を持つ表現でしたね。
このことわざは、人間の心理の複雑さを表す興味深い表現なんです。誰でも時には強がってしまうことがありますよね。でも、時には潔く認めることも大切かもしれません。
現代では、mihoro*さんやCASCADEさんの楽曲でも使われているように、強がりや内面的な葛藤を表現する言葉として新しい解釈も生まれています。古いことわざが現代的なテーマにも通じるって、素敵なことですよね。
ぜひ日常会話や文章の中で、このことわざを使ってみてください。ただし、ネガティブなニュアンスが強い表現なので、相手を傷つけないよう配慮しながら使うことをおすすめしますよ。