
「巧言令色鮮し仁(こうげんれいしょくすくなしじん)」って、なんだか格式高い響きのことわざですよね。聞いたことはあるけれど、正確な意味は何だろう?そう思っている方も多いのではないでしょうか。
このことわざは実は約2500年前の中国古典『論語』から生まれたもので、現代のビジネスシーンや人間関係でも驚くほど役立つ教訓が詰まっています。
この記事では、「巧言令色鮮し仁」の意味や由来を詳しく解説するだけでなく、実際の使い方がわかる例文、似た意味の類語、反対の意味を持つ対義語、さらには英語でどう表現するかまで、網羅的にご紹介します。
読み終わる頃には、このことわざを自信を持って使えるようになっているはずですよ。
「巧言令色鮮し仁」を理解するための基礎知識

まずは「巧言令色鮮し仁」の基本的な情報からしっかり押さえていきましょう。
読み方
このことわざは「こうげんれいしょくすくなしじん」と読みます。
少し長いので読みにくいかもしれませんが、一文字ずつ区切って見てみましょう。
- 巧言(こうげん):口先のうまい言葉
- 令色(れいしょく):媚びへつらった表情
- 鮮し仁(すくなしじん):仁が少ない、仁が欠けている
「鮮」という字は「すくな」「すく」と読み、「少ない」「まれである」という意味を表します。
意味
「巧言令色鮮し仁」は、「言葉巧みで、表情を取り繕って愛想よくする人には、真の思いやりの心が欠けている」という意味です。
つまり、口先だけうまくて、ニコニコと愛想を振りまく人は、本当の誠実さや優しさを持っていないことが多いという教訓なんですね。
ここで言う「仁(じん)」とは、孔子の教えの中心となる概念で、他者への思いやりや誠実さ、人間としての真の徳を意味します。
表面的な言葉や態度ではなく、内面から湧き出る本物の優しさこそが大切だという、深いメッセージが込められているのです。
語源と由来
このことわざは、中国の古典『論語』の「学而第一」という章に記録されている孔子の言葉が由来となっています。
原文は「子曰く、巧言令色、鮮なし仁」です。
「子曰く」は「先生(孔子)がおっしゃった」という意味で、論語の中で孔子の発言を記録する際の決まり文句です。
孔子が生きた紀元前500年頃の中国は「春秋時代」と呼ばれ、諸国が争い合う混乱期でした。
そんな時代には、口先だけで権力者に取り入ろうとする人物が多く存在していました。
孔子は、そのような表面的な態度ではなく、内面の誠実さと思いやりこそが人として大切であると説いたのです。
『論語』の「学而第一」は、論語全体の冒頭部分にあたり、人としての基本的な心構えを説く重要な章として知られています。
その中でこの言葉が登場するということは、孔子がいかにこの教えを重視していたかがわかりますね。
ちなみに、『論語』には「巧言令色鮮し仁」と対になる言葉として「剛毅木訥、仁に近し(ごうきぼくとつ、じんにちかし)」という表現もあります。
これは「剛健で意志が強く、飾り気のない素朴な人こそ、真の仁に近い」という意味で、外見や言葉ではなく、誠実な内面を大切にせよという教えです。
「使い方」がわかる「例文」3選

それでは、実際に「巧言令色鮮し仁」がどのように使われるか、具体的な例文で見ていきましょう。
1:「あの営業マンの話は巧言令色鮮し仁だから、契約は慎重に検討しよう」
ビジネスシーンでよく見られる使い方です。
営業マンがやたらと愛想がよく、甘い言葉で勧誘してくる場合、その裏に本当の誠実さがあるのか疑問に思うことがありますよね。
この例文では、表面的な態度に惑わされず、冷静に判断する必要性を伝えています。
実際、口がうまい営業マンに押し切られて契約したものの、後から問題が発覚するケースは少なくありません。
「巧言令色鮮し仁」という言葉を知っていると、そういった状況で一歩立ち止まって考える知恵が生まれます。
2:「彼女はいつもニコニコしているけれど、いざという時に助けてくれない。まさに巧言令色鮮し仁だ」
人間関係における使い方の例です。
職場や友人関係で、普段は愛想がいいのに、困った時には手を差し伸べてくれない人っていませんか?
この例文は、表面的な優しさと、本物の思いやりの違いを指摘しています。
本当に心優しい人は、言葉や笑顔だけでなく、行動で示してくれるものです。
「巧言令色鮮し仁」は、そういった見せかけの人間関係を見抜く視点を与えてくれる言葉なのです。
3:「政治家の演説は巧言令色鮮し仁に聞こえることが多い。実際の政策を見て判断すべきだ」
社会や政治を語る際にも使える表現です。
選挙の時期になると、耳障りのいい言葉を並べる政治家を多く見かけますよね。
この例文では、言葉だけでなく、実際の行動や実績で人を評価すべきという教訓を伝えています。
「巧言令色鮮し仁」という古典的な言葉が、現代社会でも驚くほどぴったりと当てはまることがわかりますね。
美辞麗句に惑わされず、本質を見抜く目を持つことの大切さを、このことわざは教えてくれています。
似た意味の「ことわざ」は?「類語」「言い換え」表現
「巧言令色鮮し仁」と似た意味を持つことわざや表現を見ていきましょう。
巧言は徳を乱る(こうげんはとくをみだる)
これも『論語』に由来する言葉で、「うわべだけの上手な言葉は、人の徳を乱してしまう」という意味です。
「巧言令色鮮し仁」が表面的な人物を批判する表現であるのに対し、「巧言は徳を乱る」は、そのような言葉自体が持つ害悪を強調しています。
ニュアンスとしては、「巧言令色鮮し仁」よりもさらに、言葉の持つ危険性に焦点を当てた表現と言えるでしょう。
口先三寸(くちさきさんずん)
「口先三寸」は、「口先だけで相手をうまく丸め込むこと」を意味する慣用句です。
「三寸」というのは約9センチメートルのことで、ほんのわずかな口先だけで物事を動かす様子を表しています。
「巧言令色鮮し仁」が思いやりの欠如を指摘するのに対し、「口先三寸」はその技術的な側面に焦点を当てているという違いがあります。
ただし、どちらも表面的な言葉を警戒する意味では共通していますね。
羊頭狗肉(ようとうくにく)
「羊頭狗肉」は、「羊の頭を看板に掲げておきながら、実際には犬の肉を売る」という中国の故事成語です。
つまり、見せかけと実際の中身が違うことを意味します。
「巧言令色鮮し仁」が人の態度や言葉を問題にするのに対し、「羊頭狗肉」は商品や成果物のような具体的なものにも使える点が違います。
ただし、表面と実態の乖離を批判する点では、本質的に同じメッセージを持っていると言えるでしょう。
猫をかぶる
「猫をかぶる」は、「本性を隠しておとなしそうに振る舞う」という意味の慣用句です。
特に女性が表面的におしとやかに見せかける場合に使われることが多いですね。
「巧言令色鮮し仁」が誠実さの欠如を指摘するのに対し、「猫をかぶる」は計算された演技という側面を強調しています。
どちらも本来の姿を隠している点では共通していますが、「猫をかぶる」のほうがやや軽い印象で使われます。
「対義語」は?
次に、「巧言令色鮮し仁」と反対の意味を持つ言葉を見ていきましょう。
剛毅木訥仁に近し(ごうきぼくとつじんにちかし)
これは「巧言令色鮮し仁」と対になる言葉として、同じく『論語』に登場する表現です。
意味は、「意志が強く飾り気のない素朴な人は、真の仁(思いやり)に近い」というものです。
「剛毅」は強い意志を持つこと、「木訥」は無骨で口下手なことを意味します。
つまり、言葉は巧みでなくても、誠実で真っ直ぐな心を持つ人こそが尊いという教えなんですね。
「巧言令色鮮し仁」が表面的な態度を批判するのに対し、こちらは内面の誠実さを称賛するという点で、まさに対義語と言えます。
言行一致(げんこういっち)
「言行一致」は、「言葉と行動が一致していること」を意味する四字熟語です。
口で言うことと実際にやることが同じで、裏表のない誠実な人物を表します。
「巧言令色鮮し仁」が言葉だけで中身が伴わない状態を批判するのに対し、「言行一致」は言葉と行動が矛盾しない理想的な状態を指しています。
まさに正反対の意味を持つ言葉と言えるでしょう。
実るほど頭を垂れる稲穂かな(みのるほどこうべをたれるいなほかな)
このことわざは、「人は徳を積んで立派になるほど、謙虚になるものだ」という意味です。
稲穂が実ると重みで頭を垂れるように、本当に優れた人ほど謙虚で控えめな態度を取るという教訓ですね。
「巧言令色鮮し仁」が表面的な愛想の良さを批判するのに対し、このことわざは内面の充実が外面の謙虚さにつながるという理想を示しています。
派手さや愛想の良さではなく、静かな謙虚さに真の徳が表れるという点で、対義的な関係にあると言えます。
「英語」で言うと?
「巧言令色鮮し仁」の概念を英語でどう表現するか見ていきましょう。
Actions speak louder than words(行動は言葉よりも雄弁である)
これは英語圏で最もよく使われる表現の一つです。
直訳すると「行動は言葉よりも大きな声で語る」となり、口で何を言うかよりも、実際に何をするかが重要という意味です。
「巧言令色鮮し仁」が表面的な言葉や態度を批判するのと同様に、この英語表現も言葉よりも行動を重視しています。
ビジネスや日常会話で頻繁に使われる実用的なフレーズですね。
Fair words butter no parsnips(美しい言葉ではパースニップに バターは塗れない)
これはイギリスの古いことわざで、「いくら口先だけ上手でも、実際の役には立たない」という意味です。
パースニップとは根菜の一種で、美辞麗句では実質的な恩恵は得られないという教訓を、料理の比喩で表現しています。
「巧言令色鮮し仁」と非常に近い意味を持ち、表面的な言葉の無意味さを指摘している点で共通していますね。
ただし、現代ではやや古風な表現とされ、使用頻度は高くありません。
All talk and no action(口ばかりで行動が伴わない)
これは現代英語でよく使われるカジュアルな表現です。
直訳すると「すべて話だけで行動がない」となり、口では大きなことを言うが実行しない人を批判する言葉です。
「巧言令色鮮し仁」が言葉巧みで愛想がいい人を警戒するように、この表現も言葉と行動の乖離を問題視しています。
友人同士の会話やビジネスの場面など、幅広い状況で使える便利なフレーズです。
まとめ
「巧言令色鮮し仁」は、約2500年前の『論語』から生まれた言葉ですが、現代社会でもその教訓は色褪せていません。
口先だけの言葉や表面的な愛想には真の思いやりが欠けているという孔子の教えは、ビジネス、人間関係、政治など、あらゆる場面で私たちに重要な視点を与えてくれます。
このことわざのポイントをまとめると、次のようになります。
- 言葉巧みで愛想がいい人には注意が必要
- 表面的な態度ではなく、内面の誠実さが大切
- 真の思いやり(仁)は言葉ではなく行動に表れる
- 見せかけに惑わされず、本質を見抜く目を持つべき
現代はSNSやメディアで巧みな言葉が溢れる時代です。
だからこそ、「巧言令色鮮し仁」という古の知恵が、私たちを見せかけの言葉から守る盾になってくれるのではないでしょうか。
ぜひこのことわざを心に留めて、表面的な言葉に惑わされず、本物の誠実さを大切にする生き方を実践してみてください。
そして機会があれば、友人や同僚との会話で「巧言令色鮮し仁」を使ってみてくださいね。きっと、あなたの知性と教養が伝わるはずですよ。