
「狡兎死して走狗烹らる」ということわざ、どこかで聞いたことはあるけれど、正確にどういう意味なのかと聞かれると、ちょっと迷ってしまいますよね。漢字も難しいですし、何となく物騒な雰囲気を感じる表現かもしれません。でも実は、このことわざには深い歴史的背景があり、現代社会でもビジネスや人間関係を語る際によく引用される重要な教訓が込められているんですね。
この記事では、「狡兎死して走狗烹らる」の正しい意味や由来、実際の使い方まで、わかりやすく丁寧に解説していきます。類語や対義語、英語ではどう表現するのかといった情報も盛り込みましたので、この記事を読めば「狡兎死して走狗烹らる」について網羅的に理解できますよ。それでは一緒に見ていきましょう。
「狡兎死して走狗烹らる」を理解するための基礎知識

読み方
「狡兎死して走狗烹らる」は、「こうとししてそうくにらる」と読みます。
少し読みにくい漢字が並んでいますよね。「狡兎」は「こうと」、「走狗」は「そうく」、そして「烹らる」は「にらる」と読むんですね。特に「烹」という字は日常ではあまり見かけない漢字ですので、初めて見た方は戸惑うかもしれません。でも一度覚えてしまえば、その物騒な雰囲気も含めて印象に残ることわざだと思いますよ。
意味
「狡兎死して走狗烹らる」は、すばしっこい兎が捕まって死んでしまえば、それを追っていた優秀な猟犬も用済みとなり、煮て食われてしまうという意味のことわざです。
転じて、目的が達成された後には、その達成に貢献した者や道具が不要となり、捨てられたり害されたりすることを表しているんですね。つまり、目標達成に尽力した人が、目標が達成された途端に用済みとして切り捨てられる非情な状況を戒める教訓なんです。
ちょっと悲しい響きがありますよね。一生懸命頑張ってきた猟犬が、兎を捕まえた後に煮られてしまうなんて、考えるだけで切ない気持ちになります。でもこれは単なる寓話ではなく、実際の歴史上の出来事に基づいているんですね。
語源と由来
「狡兎死して走狗烹らる」の由来は、中国の歴史書『史記』にまで遡ります。具体的には「淮陰侯列伝」と「越世家」という章に登場する言葉なんですね。
最も有名なエピソードは、秦末から漢初にかけての名将・韓信に関するものです。韓信さんは劉邦さんのもとで戦い、漢王朝の統一に大きく貢献した優秀な武将でした。彼の軍事的才能は抜群で、数々の戦いで勝利を収め、劉邦さんが天下を取るための立役者だったんですね。
ところが、天下統一が成し遂げられた後、劉邦さんは韓信さんの力を恐れるようになります。そして謀反の疑いをかけて、韓信さんを処刑してしまうんです。まさに「狡兎死して走狗烹らる」の状況ですよね。韓信さん自身も処刑される際、この言葉を使って自分の運命を嘆いたとされています。
また、『史記』の「越世家」には、越王勾践さんに仕えた范蠡という人物のエピソードも記されています。范蠡さんは勾践さんが宿敵・呉を滅ぼすのに貢献した後、勾践さんのもとを去る決意をします。その際、一緒に仕えていた文種という人物に「飛鳥尽きて良弓蔵られ、狡兎死して走狗烹らる」という言葉で警告を送ったんですね。
残念なことに、文種さんはこの警告を聞き入れず勾践さんのもとに留まり、最終的には自害に追い込まれてしまいます。范蠡さんの警告が的中してしまったわけですね。
こうした歴史的な背景があるからこそ、「狡兎死して走狗烹らる」は単なることわざではなく、権力者の冷酷さや功労者の悲哀を語る際の重要な表現として、現代まで受け継がれているんですね。
「使い方」がわかる「例文」3選

それでは、「狡兎死して走狗烹らる」が実際にどのように使われるのか、具体的な例文を見ていきましょう。現代の様々なシチュエーションで使える表現ですよ。
1:「プロジェクトを成功させた直後に解雇されるなんて、まさに狡兎死して走狗烹らるだ」
これはビジネスシーンでよく見られる状況ですね。大きなプロジェクトの成功に尽力したメンバーが、プロジェクト完了と同時に人員整理の対象になってしまうケースを表しています。
企業が特定の目標達成のために優秀な人材を集めて、目標が達成されたら用済みとして手放してしまう。残念ながら、こういった事例は現代の企業社会でも珍しくないんですよね。特に不景気の時期や企業再編の際には、功労者であっても容赦なく解雇されることがあります。
この例文は、自分の貢献が正当に評価されない悲しさや、組織の冷酷さを表現する際に使えますよね。頑張った人が報われないという、とても切ない状況です。
2:「選挙で勝つために使われた後援者たちは、狡兎死して走狗烹らるの運命を辿ることが多い」
政治の世界でもよく引用される表現なんですね。選挙期間中は熱心に支援を求めておきながら、当選した途端に支援者を疎んじたり切り捨てたりする政治家の行動を批判する際に使われます。
歴史を振り返ると、権力者が自分の地位を確立した後に功臣を粛清するという事例は数多くありますよね。韓信さんのエピソードもまさにそうでした。現代の民主主義社会でも、形は違えど似たような構図が見られることがあります。
権力闘争や政治的な駆け引きの冷酷さを表現する際に、この言葉はぴったりなんですね。「あの人は選挙の時だけいい顔をして、当選したら私たちのことなんて忘れてしまった」という不満を、格調高く表現できるわけです。
3:「長年会社に尽くしてきたのに定年直前でリストラとは、狡兎死して走狗烹らるを地で行く話だ」
この例文は、長期的な貢献に対する裏切りを表現していますね。何十年も会社のために働いてきたベテラン社員が、定年を目前にして突然解雇されるという、非常に理不尽な状況を描いています。
もちろん、この場合は「目的達成後」というよりも「利用価値がなくなった後」というニュアンスが強いかもしれません。でも、会社が必要としていた間は懸命に働き、その必要性が薄れたら切り捨てられるという点では、「狡兎死して走狗烹らる」の本質的な意味に合致していますよね。
実は、この使い方については注意が必要という指摘もあるんです。本来のことわざの意味は「目的達成後の用済み」であって、「能力低下による切り捨て」とは少し違うんですね。でも現代では、広い意味で「貢献した者が不当に扱われる」状況全般を指す表現として使われることも多いんです。
似た意味の「ことわざ」は?「類語」「言い換え」表現
「狡兎死して走狗烹らる」と似た意味を持つことわざや表現は、いくつか存在します。微妙にニュアンスが異なりますので、使い分けを理解しておくと便利ですよ。
飛鳥尽きて良弓蔵る
「飛鳥尽きて良弓蔵る(ひちょうつきてりょうきゅうかくる)」は、「狡兎死して走狗烹らる」と最もセットで使われることわざです。実際、『史記』では范蠡さんがこの二つを続けて言っているんですね。
意味は「飛ぶ鳥がいなくなれば、優れた弓も仕舞われてしまう」というもの。つまり敵がいなくなれば武器も用済みという、「狡兎死して走狗烹らる」とほぼ同じ教訓を表しています。
ただし、微妙な違いもあるんですね。「良弓蔵る」は「仕舞われる」という比較的穏やかな表現なのに対し、「走狗烹らる」は「煮られる」という過激な表現です。ですから、より強い危害や不当な扱いを強調したい場合は「狡兎死して走狗烹らる」の方が適しているかもしれませんね。
喉元過ぎれば熱さを忘れる
「喉元過ぎれば熱さを忘れる(のどもとすぎればあつさをわすれる)」も、ある意味で類似の教訓を含んでいます。
このことわざは、苦しい時期を乗り越えた後に、その時助けてくれた人への感謝を忘れてしまう人間の性質を表しているんですね。熱いものを飲んで苦しかった時のことを、喉を通り過ぎたらすぐに忘れてしまうという比喩です。
「狡兎死して走狗烹らる」が権力者側の計算的な冷酷さを強調するのに対し、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」は人間の忘れっぽさや恩知らずな面を指摘する表現ですね。ですから状況によって使い分けると良いでしょう。
用済みになったら捨てられる
これは現代的な言い回しですね。ことわざというよりも慣用表現に近いかもしれません。
「用済みになったら捨てられる」は、「狡兎死して走狗烹らる」をより直接的でわかりやすい言葉で表現したものです。古典的な格調は失われますが、日常会話では使いやすい表現ですよね。
ビジネスシーンで「あの会社は人を使い捨てにする」「用済みになったらポイ捨てされる」といった批判をする際によく使われます。「狡兎死して走狗烹らる」の現代語訳と考えても良いかもしれませんね。
敵国破れて謀臣亡ぶ
「敵国破れて謀臣亡ぶ(てきこくやぶれてぼうしんほろぶ)」も、同じ状況を表す故事成語です。
意味は「敵国を滅ぼした後、その戦略を立てた優秀な家臣が殺されてしまう」というもの。これも『史記』に由来する表現で、まさに韓信さんのような功臣の運命を表していますよね。
「狡兎死して走狗烹らる」よりも政治的・軍事的な文脈に特化した表現と言えるでしょう。歴史や政治の話をする際には、こちらの方が適切な場合もありますよ。
「対義語」は?
それでは次に、「狡兎死して走狗烹らる」とは反対の意味を持つことわざや表現を見ていきましょう。功労者が正当に評価され、大切にされる状況を表す言葉たちですね。
功成り名遂ぐ
「功成り名遂ぐ(こうなりなとぐ)」は、功績を成し遂げて名声を得るという意味のことわざです。
「狡兎死して走狗烹らる」が功労者の悲劇的な末路を描くのに対し、「功成り名遂ぐ」は努力が報われて正当な評価を受ける理想的な状況を表しています。まさに対義語と言えますよね。
ちなみに、范蠡さんは越王勾践さんのもとを去った後、商売で大成功を収めて富と名声を得たとされています。彼こそまさに「功成り名遂ぐ」を体現した人物と言えるかもしれません。賢明な判断で「狡兎死して走狗烹らる」の運命を避け、自分の力で新たな成功を掴んだわけですね。
論功行賞
「論功行賞(ろんこうこうしょう)」は、功績に応じて適切な褒賞を与えることを意味する四字熟語です。
これも「狡兎死して走狗烹らる」とは正反対の概念ですよね。目的達成後に貢献者を煮て食うのではなく、きちんとその功績を評価して報いるという、組織として当然あるべき姿を表しています。
現代の企業でも「論功行賞をしっかり行う会社」は従業員からの信頼が厚く、優秀な人材が集まりやすいものです。逆に「狡兎死して走狗烹らる」的な扱いをする組織には、誰も長く留まりたくないですよね。
報恩謝徳
「報恩謝徳(ほうおんしゃとく)」は、恩を受けたことに対して感謝し、それに報いることを意味する言葉です。
「狡兎死して走狗烹らる」では、功労者への恩義をまったく感じない非情な態度が描かれています。それに対して「報恩謝徳」は、助けてくれた人への感謝を忘れず、その恩に報いようとする道徳的な姿勢を表しているんですね。
きっと私たちも、誰かに助けてもらった時には「報恩謝徳」の心を持ち続けたいものですよね。そして組織を運営する立場にある方々には、功労者に対して「狡兎死して走狗烹らる」ではなく「報恩謝徳」の精神で接してほしいと思います。
「英語」で言うと?
「狡兎死して走狗烹らる」の概念は、英語圏にも似たような表現がいくつか存在します。文化は違っても、人間社会の本質的な問題は共通しているんですね。
The nurse is valued till the child has done sucking(乳母は子供が乳を飲み終わるまで大切にされる)
この英語の諺は、「狡兎死して走狗烹らる」に非常に近い意味を持つ表現です。
直訳すると「乳母は子供が授乳を終えるまでは大切にされる」という意味になります。つまり、授乳期間が終わって乳母の役割が不要になれば、その価値は失われてしまうということですね。
これも「目的達成後の用済み」という、まさに「狡兎死して走狗烹らる」と同じ教訓を含んでいますよね。犬や兎ではなく、人間の乳母を例に挙げているところが、西洋文化らしいかもしれません。
When the fish is caught the net is laid aside(魚が捕れたら網は脇に置かれる)
この表現も、用済みになったものが捨てられる状況を表しています。
直訳すると「魚が捕まったら網は脇に置かれる」という意味です。目的(魚を捕ること)が達成されたら、手段(網)は不要になるという、非常にシンプルでわかりやすい比喩ですね。
「狡兎死して走狗烹らる」ほど残酷な響きはありませんが、功労者や有用な道具が目的達成後には忘れ去られるという本質的な意味は同じです。漁業が盛んな英語圏ならではの表現と言えるかもしれませんね。
To kick away the ladder after climbing up(登った後に梯子を蹴り落とす)
これは現代英語でよく使われる慣用表現です。
直訳すると「登った後に梯子を蹴り落とす」という意味で、成功するために利用したものや人を、成功後に切り捨てる行為を表しています。視覚的にもわかりやすいイメージですよね。
この表現は国際経済の文脈でもよく使われます。先進国が自国の経済発展期には保護主義を採用しておきながら、発展後は途上国に対して自由貿易を要求する態度を批判する際に「kicking away the ladder」という表現が使われるんですね。
「狡兎死して走狗烹らる」よりも現代的で、ビジネス英語としても使いやすい表現かもしれません。
まとめ
ここまで「狡兎死して走狗烹らる」について、意味や由来、使い方まで詳しく見てきましたね。最後に大切なポイントをまとめておきましょう。
「狡兎死して走狗烹らる」は、目的達成に貢献した者が、その目的が達成された後に用済みとして切り捨てられたり害されたりする状況を表す故事成語です。中国の『史記』に登場する韓信さんのエピソードに由来し、数千年の時を超えて現代まで語り継がれているんですね。
このことわざが長く愛されてきた理由は、それが人間社会の普遍的な問題を鋭く突いているからだと思います。権力者の冷酷さ、組織の非情さ、そして功労者の悲哀。これらは古代中国でも現代日本でも変わらず存在する課題なんですね。
実際の使い方としては、ビジネスシーンでの不当な解雇、政治的な粛清、長年の貢献が報われない状況などを批判する際に使われます。「飛鳥尽きて良弓蔵る」とセットで使うと、より格調高い表現になりますよ。
そして何より大切なのは、このことわざから学べる教訓ですよね。もし私たちが組織のリーダーやマネージャーの立場にあるなら、功労者を「狡兎死して走狗烹らる」のように扱ってはいけません。「論功行賞」や「報恩謝徳」の精神を持って、貢献してくれた人々を大切にすべきでしょう。
一方で、もし私たちが組織の一員として働く立場にあるなら、范蠡さんのように賢明な判断力を持つことも大切かもしれません。自分が「走狗」になっていないか、利用されるだけになっていないかを冷静に見極め、必要なら新たな道を選ぶ勇気も必要ですよね。
「狡兎死して走狗烹らる」は、決して明るいことわざではありません。でも、この言葉を知っているかどうかで、人間関係や組織との向き合い方が変わってくるかもしれませんね。ぜひ覚えておいて、適切な場面で使ってみてください。そして何より、このことわざが示す悲劇が起きないような、お互いを尊重し合える社会を一緒に作っていきたいものですよね。