ことわざ

「禍福は糾える縄の如し」の意味や由来とは?例文でわかりやすく解説!

「禍福は糾える縄の如し」の意味や由来とは?例文でわかりやすく解説!

「禍福は糾える縄の如し」ということわざ、どこかで聞いたことがあるという方も多いのではないでしょうか。

でも、いざ「どういう意味?」と聞かれると、正確に答えるのは意外と難しいですよね。

この記事では、「禍福は糾える縄の如し」の意味や由来、実際の使い方まで、わかりやすく丁寧に解説していきます。

読み終わる頃には、このことわざの深い意味を理解して、日常会話でも自信を持って使えるようになりますよ。

「禍福は糾える縄の如し」を理解するための基礎知識

「禍福は糾える縄の如し」を理解するための基礎知識

まずは、このことわざの基本情報から見ていきましょう。

読み方

「禍福は糾える縄の如し」は、「かふくはあざなえるなわのごとし」と読みます。

「糾える」という部分が少し読みにくいかもしれませんね。
「糾える」は「あざなえる」と読み、「より合わせる」という意味を持つ言葉です。

また、「禍」という漢字は「か」と読みます。
コロナ禍の時期に「禍(わざわい)」という漢字を目にする機会が増えたので、以前よりも読みやすくなったという方もいるかもしれませんね。

意味

「禍福は糾える縄の如し」は、幸福と不幸が縄をより合わせたように交互に訪れ、表裏一体であることを表す言葉です。

もう少し詳しく説明すると、人生において良いことと悪いことは交互にやってくるもので、永遠に続くものではないという教えですね。

つまり、こんな意味があります。

  • 幸せな時でも油断は禁物(福が禍に変わることもある)
  • 辛い時でも希望を持つべき(禍が福に転じることもある)
  • 人生は良い時も悪い時も繰り返すものだから、一喜一憂しすぎないように

幸運な状況にある人への戒めとして使われることもあれば、不運に見舞われている人への慰めや励ましとして使われることもある、とても奥深いことわざなんです。

語源と由来

「禍福は糾える縄の如し」の由来は、中国の歴史書「史記」の南越列伝にあります。

「史記」は、前漢の歴史家である司馬遷が書いた中国の歴史書で、紀元前91年頃に完成したとされています。
多くの故事成語の源となっている、非常に重要な古典文献なんですね。

原文は「因禍爲福。成敗之轉、譬若糾墨」です。

これを日本語に訳すと、「禍に因って福と為す。成敗の転ずるは、譬えば糾える縄の如し」となります。
つまり、「災いを福に変えることができる。成功と失敗が入れ替わるのは、まるでより合わせた縄のようなものだ」という意味ですね。

この原文にある「糾墨(きゅうぼく)」という言葉が「糾える縄」の元になっています。
「墨」は墨縄(すみなわ)のことで、大工が木材に直線を引くための道具です。
複数の糸をより合わせて作られたこの縄は、白と黒の糸が交互に絡み合っている様子から、幸福と不幸が入れ替わる人生の無常を表すのに最適な比喩となったのです。

この故事成語は、人生の浮き沈みを冷静に受け止める東洋の知恵として、日本でも古くから親しまれてきました。

「使い方」がわかる「例文」3選

「使い方」がわかる「例文」3選

それでは、実際にどのように使うのか、具体的な例文を見ていきましょう。

1:「禍福は糾える縄の如しというから、今の苦しい状況もきっと好転するはずだ」

これは、不幸な状況にある人を励ますときの使い方です。

仕事で大きな失敗をしてしまった同僚や、プロジェクトがうまくいかずに落ち込んでいる友人に対して、「今は辛いかもしれないけれど、必ず良い方向に向かうよ」と勇気づける言葉として使えます。

このような使い方をすることで、「人生には浮き沈みがあって当然。今は沈んでいても、またきっと浮かび上がる時が来る」というメッセージを伝えることができるんですね。

2:「事業が軌道に乗って順調だが、禍福は糾える縄の如しと肝に銘じて、慢心しないようにしたい」

こちらは、幸運な状況にある自分自身を戒めるときの使い方です。

ビジネスで成功している経営者が、調子が良い時こそ油断しないように自分を戒める場面などで使われます。

株式投資で利益が出ている時、キャリアが順調に進んでいる時なども、「今の幸運がずっと続くとは限らない」と自分に言い聞かせることで、謙虚さを保つことができます。

幸せな時こそ、将来の困難に備える準備をしておくべきだという深い教訓が込められているんですね。

3:「彼女との関係が上手くいかなくなったが、禍福は糾える縄の如しというくらいだから、これも何かのチャンスかもしれない」

これは、一見不幸に見える出来事を前向きに捉え直すときの使い方です。

恋愛関係の終わり、転職の失敗、引っ越しのトラブルなど、「今は辛いけれど、後から振り返ればこれが良い転機だったと思えるかもしれない」と考えることで、視点を変える助けになります。

実際、人生を振り返ってみると、当時は不幸だと思っていた出来事が、実は新しい幸福への扉を開くきっかけになっていた、ということはよくあるものです。

このことわざは、そんな人生の不思議な巡り合わせを教えてくれる言葉なんですね。

似た意味の「ことわざ」は?「類語」「言い換え」表現

「禍福は糾える縄の如し」と似た意味を持つことわざや表現を紹介します。

人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま)

これは「禍福は糾える縄の如し」と最もよく似た意味を持つことわざです。

中国の故事に由来し、「人生の幸不幸は予測できないものだから、安易に喜んだり悲しんだりするべきではない」という教えです。

塞翁という老人の馬が逃げ出したが、後に良い馬を連れて帰ってきた。
その馬に乗った息子が落馬して足を骨折したが、そのおかげで戦争の徴兵を免れた、という有名な故事から生まれました。

「禍福は糾える縄の如し」との違いは、こちらの方がより「予測不可能性」を強調している点ですね。
また、「人間万事塞翁が馬」の方が日常会話でよく使われる印象があります。

吉凶は糾える縄の如し(きっきょうはあざなえるなわのごとし)

これは「禍福は糾える縄の如し」とほぼ同じ意味のことわざです。

「禍福」を「吉凶」に言い換えた表現で、幸運(吉)と不運(凶)が交互にやってくることを表しています。

意味やニュアンスはほとんど同じですが、「禍福」の方が一般的によく使われる印象があります。
「吉凶」という言葉は、どちらかというと占いや運勢の文脈で使われることが多いですね。

沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり(しずむせあればうかぶせあり)

これは、川の流れに例えて人生の浮き沈みを表現したことわざです。

川には深くて沈んでしまう場所(瀬)もあれば、浅くて浮かび上がる場所もある。
同じように、人生にも苦しい時期と楽な時期があるという意味ですね。

「禍福は糾える縄の如し」との違いは、こちらの方が「今は辛くても必ず良くなる」という希望のニュアンスが強い点です。
主に、困難な状況にある人を励ます場面で使われることが多いことわざです。

明日は明日の風が吹く

これは、「未来のことは予測できないから、くよくよしても仕方ない」という前向きな姿勢を表す言葉です。

映画「風と共に去りぬ」の有名なセリフ「Tomorrow is another day」の日本語訳としても知られています。

「禍福は糾える縄の如し」との違いは、こちらの方がより楽観的で、「とりあえず今日のことは忘れて、明日に期待しよう」という気軽なニュアンスがある点です。
少しカジュアルな表現なので、日常会話でも使いやすいですね。

「対義語」は?

次に、「禍福は糾える縄の如し」と反対の意味を持つことわざや表現を見ていきましょう。

好事魔多し(こうじまおおし)

これは、「良いことには邪魔が入りやすい」という意味のことわざです。

物事が順調に進んでいる時ほど、思わぬトラブルや障害が発生しやすいという警告を含んでいます。

「禍福は糾える縄の如し」が「幸不幸は交互に来る」と中立的に述べているのに対し、「好事魔多し」は「良いことの後には必ず悪いことが起こる」というネガティブな予測をしている点で対義的と言えます。

ただし、どちらも「幸運な時に油断するな」という戒めの意味では共通していますね。

泣きっ面に蜂(なきっつらにはち)

これは、「不幸な出来事が重なって起こる」ことを表すことわざです。

泣いている顔を蜂に刺されるという、まさに「踏んだり蹴ったり」な状況を表現しています。
似た表現に「弱り目に祟り目」もありますね。

「禍福は糾える縄の如し」が「悪いことの後には良いことも来る」という希望を含んでいるのに対し、「泣きっ面に蜂」は「悪いことが連続して起こる」という絶望的な状況を表している点で対照的です。

一難去ってまた一難(いちなんさってまたいちなん)

これは、「一つの困難が解決しても、すぐに次の困難がやってくる」という意味の表現です。

まさに「問題が次から次へと襲ってくる」という、休む間もない状況を表しています。

「禍福は糾える縄の如し」が「禍と福が交互に来る」という循環を示すのに対し、「一難去ってまた一難」は「難しいことばかりが続く」という一方的な不運を表している点で対義的ですね。

ただし、実際の人生では、このような困難続きの時期も確かに存在します。
そんな時こそ「禍福は糾える縄の如し」を思い出して、「今は辛くても必ず良くなる」と希望を持つことが大切なのかもしれません。

「英語」で言うと?

最後に、英語で「禍福は糾える縄の如し」に相当する表現を見ていきましょう。

Every cloud has a silver lining.(どの雲にも銀色の裏地がある)

これは、英語圏で最もよく使われる「禍福は糾える縄の如し」に近い表現です。

直訳すると「どんな雲にも銀色の裏地がある」となりますが、つまり「どんなに暗い雲(悪い状況)でも、その裏側には明るい部分(希望)がある」という意味ですね。

日本語の「禍福は糾える縄の如し」と同じように、困難な状況にある人を励ますときによく使われる表現です。

例えば、友人が失業したときに「I know it's tough now, but every cloud has a silver lining.(今は辛いだろうけど、きっと良いこともあるよ)」のように使います。

What goes up must come down.(上がったものは必ず下がる)

これは、「良い状態も永遠には続かない」という戒めの意味を持つ英語表現です。

元々は物理法則(重力の法則)から来た表現で、「投げ上げたものは必ず落ちてくる」という意味ですが、転じて人生の浮き沈みを表すようになりました。

特に、好調な時期や成功している状況にある人に対して、「調子に乗りすぎるな」「油断するな」という警告として使われることが多いですね。

「禍福は糾える縄の如し」の「幸運な時こそ慎重に」という側面を強調した表現と言えるでしょう。

Fortune is fickle.(運命は気まぐれだ)

これは、「運命や幸運は予測できず、変わりやすい」という意味の英語表現です。

「fickle」は「移り気な」「変わりやすい」という意味の形容詞で、恋愛や人間関係について使われることも多い言葉です。

「禍福は糾える縄の如し」や「人間万事塞翁が馬」に通じる、「人生の幸不幸は予測できない」という東洋的な無常観を、シンプルに表現した言葉ですね。

ビジネスシーンでも、「市場の動向は予測できない」という文脈で使われることがあります。
例えば「Remember, fortune is fickle in this industry.(この業界では運命は気まぐれだということを忘れるな)」のような使い方です。

まとめ

「禍福は糾える縄の如し」は、幸福と不幸が縄のように交互に訪れる人生の真理を教えてくれる、深い意味を持つ故事成語です。

このことわざのポイントをまとめると、以下のようになります。

  • 幸せな時でも油断せず、謙虚に次への備えをする
  • 辛い時でも希望を持ち、必ず好転すると信じる
  • 人生の浮き沈みに一喜一憂せず、冷静に受け止める

現代社会では、SNSなどで他人の幸せそうな姿ばかりが目に入り、自分の不幸を嘆きがちです。
でも、誰の人生にも必ず良い時と悪い時があるというこのことわざの教えを思い出せば、少し楽になれるかもしれませんね。

また、キャリアで成功している時、ビジネスが順調な時こそ、このことわざを座右の銘として心に留めておくことで、慢心を避け、長期的な成功につながるでしょう。

約2000年前の中国で生まれた「史記」の一節が、令和の時代を生きる私たちにも変わらぬ教訓を与えてくれる。
それが故事成語の持つ普遍的な力なのかもしれません。

「禍福は糾える縄の如し」という言葉を、ぜひ日常生活の中で思い出してみてください。
きっと、人生の浮き沈みを乗り越える力になってくれるはずですよ。