
「陰徳あれば陽報あり」ということわざ、聞いたことはありますよね。でも、いざ「どういう意味?」と聞かれると、ちょっと迷ってしまうかもしれませんね。人知れず良いことをすると良いことが返ってくる、というニュアンスは何となくわかるけれど、正確にはどんな意味なのか、どういう場面で使えばいいのか、気になりますよね。
この記事では、「陰徳あれば陽報あり」の意味や由来をわかりやすく解説します。読み方から語源、実際に使える例文、さらには類語や対義語、英語表現まで網羅的にご紹介しますので、きっとこのことわざへの理解が深まりますよ。最後まで読んでいただければ、日常会話や文章の中で自信を持って使えるようになるはずです。
「陰徳あれば陽報あり」を理解するための基礎知識

まずは「陰徳あれば陽報あり」の基本的な情報から見ていきましょう。読み方や意味、そしてこのことわざがどのように生まれたのか、一つずつ丁寧に解説していきますね。
読み方
「陰徳あれば陽報あり」は、「いんとくあればようほうあり」と読みます。
読み方自体は難しくないかもしれませんが、「陰徳」を「いんとく」、「陽報」を「ようほう」と読むことを覚えておきましょうね。たまに「陽報」を「ようほう」ではなく「ようはく」と読み間違える方もいらっしゃいますが、正しくは「ようほう」なんですね。また、「陰徳陽報(いんとくようほう)」と四字熟語の形で使われることもありますよ。
意味
「陰徳あれば陽報あり」の意味は、人に知られずひそかに善行を積む者には、必ず目に見える形で良い報いが訪れるというものなんですね。
もう少し詳しく見ていきましょう。「陰徳」とは、人目につかない場所で、誰にも知られずに行う善行のことです。誰かに褒められたいとか、見返りを期待したりせずに、ただ純粋に良いことをする、そんな行いを指すんですね。一方「陽報」とは、目に見える形で現れる良い報いのことです。つまり、こっそり良いことをしていると、いつかそれが形となって自分に返ってくる、という教えなんですね。
現代風に言えば、「見返りを求めずに人のために尽くせば、必ず良いことが起こる」という意味になるでしょうか。誰も見ていないところでも誠実に行動することの大切さを教えてくれる、素敵なことわざですよね。
語源と由来
「陰徳あれば陽報あり」の由来は、中国の古典『淮南子(えなんじ)』の人間訓という部分に記されている言葉に基づいています。『淮南子』は、紀元前2世紀頃、前漢の淮南王・劉安によって編纂された思想書なんですね。
原文では「夫れ陰徳有る者は、必ず陽報有り。陰行有る者は、必ず昭名有り」と書かれています。これを現代語に訳すと、「陰徳(人知れず行う善行)を持つ者には必ず陽報(目に見える良い報い)があり、陰行(ひそかな良い行い)をする者には必ず昭名(明らかな名声)がある」という意味になるんですね。
この考え方は、中国の伝統的な因果応報の思想と深く結びついています。善い行いをすれば善い結果が返ってくる、という「善因善果」の考え方ですね。特に「陰徳」という言葉には、見返りを求めない純粋な善意を重んじる、東洋思想の美しい価値観が込められているんですね。
日本では、日蓮聖人が四条金吾という弟子に宛てた手紙の中で「陰徳あれば陽報あり」と諭したとされており、仏教的な文脈でも重要視されてきました。また、サントリーの創業者・鳥井信治郎さんの口癖としても知られ、企業理念「利益三分主義」(利益を事業・お客様・社会に三等分する考え方)とも結びつけられているんですね。このように、宗教や経営哲学の中でも大切にされてきたことわざなんですよ。
「使い方」がわかる「例文」3選

では、実際に「陰徳あれば陽報あり」をどのように使えばいいのでしょうか。日常生活やビジネスシーンで使える例文を3つご紹介しますね。
1:「彼は20年間毎朝駅前の掃除を続けてきたが、その姿勢が評価され、市から表彰された。まさに陰徳あれば陽報ありだね」
この例文は、長年にわたって誰にも知られずに善行を続けてきた人が、ついにその努力が認められ、報われた場面を表していますね。
20年間も毎朝掃除を続けるというのは、本当に頭が下がる行いですよね。きっと誰に見られているわけでもなく、ただ地域のためにと思って続けてこられたのでしょう。そんな純粋な善意が、市からの表彰という目に見える形で報われたわけです。こういった場面で「陰徳あれば陽報あり」を使うと、その人の長年の努力と、それが報われたことへの感動が伝わりますよね。
日常会話の中で、誰かの地道な努力が報われた時に使える表現ですよ。
2:「見返りを求めずにチームのために尽くしてきたあなたの姿勢は、必ず周りが見ています。陰徳あれば陽報あり、きっと良い結果が返ってきますよ」
この例文は、誰かを励ますときに使える表現ですね。職場やチームの中で、目立たないけれど大切な仕事を黙々とこなしている人に対して、その努力は無駄にならないと伝える場面で使えます。
仕事をしていると、自分の頑張りが評価されないと感じることもありますよね。でも、そんな時こそ「陰徳あれば陽報あり」という言葉が心の支えになるかもしれません。見ている人は必ずいて、その誠実さはいつか必ず報われる、というメッセージを込めて使うことができるんですね。
部下や同僚、友人を励ましたい時に、この表現を使ってみてはいかがでしょうか。
3:「ボランティア活動を続けていたら、思わぬところで助けてもらえた。陰徳あれば陽報ありとは、よく言ったものだ」
この例文は、自分自身が善行の報いを受けた時に使う表現ですね。人知れず良いことをしていたら、予期しない形で良いことが返ってきた、という経験を表しています。
ボランティア活動というのは、基本的に見返りを求めずに行うものですよね。でも、そうやって人のために尽くしていると、不思議とどこかで助けてもらえる機会が訪れることがあるんですね。それはボランティア仲間からかもしれませんし、全く別の場所での出来事かもしれません。でも、善意の循環というものは確かに存在するんですね。
自分の経験を振り返って、このことわざの真理を実感した時に使える表現ですよ。
似た意味の「ことわざ」は?「類語」「言い換え」表現
「陰徳あれば陽報あり」と似た意味を持つことわざや表現はいくつかあります。それぞれ微妙にニュアンスが違うので、使い分けられると表現の幅が広がりますよね。
陰徳は果報の来る門口
「陰徳は果報の来る門口(いんとくはかほうのくるもんぐち)」は、陰徳を積むことが幸福への入り口であるという意味のことわざです。
「陰徳あれば陽報あり」とほぼ同じ意味ですが、こちらは「門口」という言葉を使うことで、陰徳が幸せへの第一歩であることを強調していますね。陰徳を積むことが、良い運命を呼び込む入り口だというイメージが伝わってきます。より詩的で、古典的な雰囲気のある表現ですよね。
積善の家には必ず余慶あり
「積善の家には必ず余慶あり(せきぜんのいえにはかならずよけいあり)」は、善行を積み重ねる家には、必ず子孫にまで及ぶ幸福があるという意味です。
これは中国の古典『易経』に由来することわざで、善行の報いが本人だけでなく家族や子孫にまで及ぶことを表しています。「陰徳あれば陽報あり」が個人の善行と報いに焦点を当てているのに対し、こちらは家や家系という長期的な視点を持っているところが違いますね。世代を超えた善の循環を説いている点が特徴的です。
善因善果
「善因善果(ぜんいんぜんか)」は、良い原因を作れば、良い結果が生まれるという仏教用語から来た四字熟語です。
これは因果応報の考え方の一つで、原因と結果の関係を端的に表していますね。「陰徳あれば陽報あり」が「人知れず」という隠れた善行を強調しているのに対し、「善因善果」はより広く、良い行い全般について語っています。善行の結果としての良い報いという点では同じですが、「陰徳」のように「隠れて行う」というニュアンスは含まれていないんですね。
隠れての信は現れての徳
「隠れての信は現れての徳(かくれてのしんはあらわれてのとく)」は、隠れて行った信心や善行は、必ず表に現れて徳となるという意味のことわざです。
これは日蓮宗の教えとしても知られており、仏教的な文脈で使われることが多い表現ですね。「陰徳あれば陽報あり」とほぼ同じ意味ですが、「信」という言葉が入ることで、宗教的な信仰心や誠実さがより強調されています。人知れず信仰を守り、誠実に生きることの大切さを説いているんですね。
「対義語」は?
「陰徳あれば陽報あり」とは反対の意味を持つことわざも見てみましょう。善い行いが善い報いを招くのとは逆に、悪い行いが悪い結果を招くことを表す表現ですね。
悪因悪果
「悪因悪果(あくいんあっか)」は、悪い原因を作れば、悪い結果が生まれるという意味の四字熟語です。
これは「善因善果」の対義語でもあり、「陰徳あれば陽報あり」の対義語としても考えられますね。悪い行いをすれば、必ずその報いが自分に返ってくるという因果応報の教えを表しています。「陰徳あれば陽報あり」が良い行いと良い報いの関係を説いているのに対し、「悪因悪果」は悪い行いと悪い結果の必然性を警告しているんですね。表裏一体の関係にあることわざだと言えるでしょう。
因果応報(悪い意味で)
「因果応報(いんがおうほう)」という言葉は、本来は善悪の行いに応じた報いがあるという中立的な意味ですが、日常会話では悪い行いに対する罰という意味で使われることが多いですね。
「あれだけ人を騙してきたんだから、因果応報だよ」といった使い方をされることが多いでしょう。「陰徳あれば陽報あり」が善い行いの報いという明るい面を強調しているのに対し、「因果応報」(悪い意味で使われる場合)は、悪い行いへの報いという暗い面を示していますね。同じ因果の法則を説いていても、焦点を当てる部分が正反対なんですね。
自業自得
「自業自得(じごうじとく)」は、自分の行いの結果を自分が受けるという意味で、特に悪い結果について使われることが多いことわざです。
これも仏教用語から来た言葉ですが、現代では「自分がやったことのせいで悪い結果になった」というネガティブな文脈で使われることがほとんどですね。「そんな態度をとっていたら誰も助けてくれなくなるのは自業自得だ」といった使い方をします。「陰徳あれば陽報あり」が人知れず善行を積むことの尊さを説いているのに対し、「自業自得」は自分の悪い行いの責任を自分で取るという厳しい現実を表しているんですね。
「英語」で言うと?
「陰徳あれば陽報あり」の考え方は、英語圏にも似た表現がいくつかありますよ。東洋の思想と西洋の考え方がどのように重なり、どこが違うのか、見ていくと面白いですね。
Virtue is its own reward.(美徳はそれ自体が報いである)
「Virtue is its own reward.」は、直訳すると「美徳はそれ自体が報いである」という意味になります。
この表現は、善い行いをすること自体に価値があり、それ自体が報酬だという考え方を表しています。「陰徳あれば陽報あり」が外からの報いを期待する面があるのに対し、こちらは善行そのものに価値を見出す、より内面的な哲学を持っていますね。西洋の倫理観では、善行は見返りを求めずに行うべきであり、それ自体が満足感をもたらすという考え方が強いんですね。ニュアンスは少し違いますが、人知れず善いことをする価値を説いている点では共通していますよ。
What goes around comes around.(巡り巡って返ってくる)
「What goes around comes around.」は、自分がしたことは巡り巡って自分に返ってくるという意味の英語の慣用表現です。
これはまさに因果応報の考え方を表していて、「陰徳あれば陽報あり」に最も近い英語表現かもしれませんね。良いことをすれば良いことが返ってくるし、悪いことをすれば悪いことが返ってくるという、シンプルで普遍的な真理を表しています。日常会話でよく使われる表現で、「Don't worry, what goes around comes around. Your kindness will be rewarded.(心配しないで、巡り巡って返ってくるから。あなたの親切は報われるよ)」といった使い方をしますよ。
Good deeds bring good rewards.(良い行いは良い報いをもたらす)
「Good deeds bring good rewards.」は、「良い行いは良い報いをもたらす」という直接的な表現ですね。
これは「陰徳あれば陽報あり」を最もストレートに英語にした表現と言えるでしょう。ただ、「陰徳」の「人知れず」というニュアンスは含まれていないので、もし「人知れず行う善行」という意味を強調したい場合は、「Secret good deeds bring good rewards.(秘密の善行は良い報いをもたらす)」や「Hidden virtues bring visible rewards.(隠れた美徳は目に見える報いをもたらす)」といった表現を使うとより正確に伝わるかもしれませんね。
まとめ
「陰徳あれば陽報あり」は、人に知られずにこっそり善い行いをする者には、必ず目に見える形で良い報いが訪れるという、とても深い意味を持つことわざでしたね。
中国の古典『淮南子』に由来するこのことわざは、日本でも古くから大切にされてきました。見返りを求めずに善行を積むことの尊さ、そしてそれが必ず報われるという希望を、私たちに教えてくれるんですね。
現代社会では、SNSなどで自分の良い行いをアピールする機会も増えましたが、だからこそ「陰徳」という考え方が改めて大切になってくるのかもしれませんね。誰も見ていないところでも誠実に行動すること、人のために尽くすこと、そんな姿勢を持ち続けることが、結果的に自分自身の幸せにもつながっていくんですね。
類語の「積善の家には必ず余慶あり」や「善因善果」、対義語の「悪因悪果」、英語表現の「What goes around comes around.」なども併せて覚えておくと、場面に応じて使い分けられますよね。
ぜひ、この「陰徳あれば陽報あり」ということわざを心に留めて、日々の生活の中で実践してみてください。人知れず良いことをする喜び、そしてそれが巡り巡って自分に返ってくる幸せを、きっと実感できるはずですよ。
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