
「悪事千里を走る」ということわざ、聞いたことはあるけれど、正確な意味を説明できるかと言われると、ちょっと迷ってしまいますよね。なんとなく「悪いことはすぐにバレる」という意味だとわかっていても、どんな場面で使うのが正しいのか、どこから生まれた言葉なのか、詳しく知っている方は少ないかもしれません。
特にSNS時代の今、悪いうわさや評判があっという間に広がることを目の当たりにすると、このことわざの持つ意味がより一層深く感じられるのではないでしょうか。
この記事では、「悪事千里を走る」の意味や由来から、実際の使い方がわかる例文、さらには類語や対義語、英語表現まで、網羅的にわかりやすくご紹介していきますね。日常生活やビジネスシーンでも使える知識ばかりですので、ぜひ最後まで読んでみてください。
「悪事千里を走る」を理解するための基礎知識

まずは、このことわざの基本的な情報からしっかり押さえていきましょう。読み方や意味、そして歴史的な背景を知ることで、より深く理解できるようになりますよ。
読み方
「悪事千里を走る」は、「あくじせんりをはしる」と読みます。
特に難しい読み方ではありませんが、「千里」を「せんり」と読むこと、「走る」を「はしる」と読むことをしっかり押さえておきたいですね。ちなみに、「悪事千里を行く」(あくじせんりをゆく)という表現もあり、こちらも同じ意味で使われているんですよ。
意味
「悪事千里を走る」は、悪い行いや悪いうわさ・評判が、千里(極めて遠い距離)を走るように、あっという間に世間に知れ渡ってしまうことを意味します。
ここで大切なのは、このことわざが指しているのは悪事そのものではなく、悪事の「評判」や「うわさ」だという点なんですね。つまり、「悪いことをしたらすぐにみんなに知られてしまうから、気をつけなさい」という戒めの意味が込められているんです。
千里という距離は、約4000キロメートルにもなる非常に遠い距離のこと。そんな遠くまで瞬く間に伝わるというのは、それだけ悪いうわさの伝わる速さが驚異的だということを表しているんですね。
語源と由来
「悪事千里を走る」の由来は、中国北宋時代の孫光憲が著した『北夢瑣言』(ほくむさげん)という書物に遡ります。この古典の中に、「好事門を出でず、悪事千里を行く」という表現が登場しているんですね。
この原文は、「良いことは家の門を出ないほど広まりにくいが、悪いことは千里も行くほど早く広まる」という意味なんです。人間社会の真理をついた言葉だと思いませんか?
この言葉が日本に伝わってきた際、「行く」が「走る」に変化して定着しました。「走る」という言葉を使うことで、より速さやスピード感が強調されているように感じられますよね。
『北夢瑣言』は、五代十国時代から北宋初期にかけての逸話や故事を集めた書物で、当時の社会や人々の考え方を知る上で貴重な資料とされています。そんな千年以上も前の教訓が、現代の日本でも使われ続けているなんて、なんだか感慨深いですよね。
ちなみに、このことわざは「好事門を出でず」とセットで使われることが多いんです。良いことと悪いことの広まり方の対比によって、教訓がより強く印象に残るからなんですね。
「使い方」がわかる「例文」3選

実際にどんな場面で「悪事千里を走る」を使えばいいのか、具体的な例文を見ていきましょう。シチュエーション別に3つご紹介しますので、使い方のイメージがきっと湧いてくるはずですよ。
1:「悪事千里を走ると言うから、こんな小さな会社でも不正は絶対にしてはいけないよ」
これはビジネスシーンでの使用例ですね。会社の規模に関わらず、不正や悪事を働けば必ず世間に知れ渡ってしまうという戒めを込めた表現です。
特に現代では、内部告発やSNSでの情報拡散など、悪事が明るみに出る経路がたくさんありますよね。たとえ小さな組織の中での出来事だと思っていても、あっという間に社会全体に知られてしまう可能性があるんです。
上司や先輩が若手社員に対して、倫理観の大切さを教える場面で使われることが多い表現かもしれませんね。
2:「学校でカンニングしたことが、悪事千里を走るで、すぐにクラス中の噂になってしまった」
これは学校生活での例文です。こっそりやったつもりのカンニングが、すぐに周囲に知れ渡ってしまったという状況を表していますね。
学校という閉じられたコミュニティでは、情報の伝わる速さが特に早いものです。休み時間の間に噂が広まったり、放課後には学年全体が知っているなんてこと、よくありますよね。
この例文は、悪事の評判が広まる速さを実感を持って表現しているんです。特に若い世代にとっては、こういった身近な例のほうがことわざの意味を理解しやすいかもしれませんね。
3:「有名人の不倫騒動を見ていると、まさに悪事千里を走るという感じだね」
これは現代的な使用例ですね。芸能人や著名人のスキャンダルが瞬く間に報道され、SNSで拡散されていく様子を表現しています。
特にインターネットやSNSが発達した現代では、悪いニュースは本当に一瞬で世界中に広まります。朝起きたらトレンド入りしていた、なんてことも珍しくないですよね。
日常会話の中で、ニュースを見ながら「昔の人はよく言ったものだね」という感慨を込めて使うことができる表現なんです。古典的なことわざが、現代の状況にもピッタリ当てはまることを実感できる瞬間かもしれませんね。
似た意味の「ことわざ」は?「類語」「言い換え」表現
「悪事千里を走る」と似た意味を持つことわざや慣用句は、実はいくつか存在するんですよ。それぞれ微妙にニュアンスが異なりますので、状況に応じて使い分けられるといいですね。
悪事身に返る(あくじみにかえる)
「悪事身に返る」は、悪いことをすれば、その報いが必ず自分自身に返ってくるという意味のことわざです。
「悪事千里を走る」が「悪事の評判が広まる速さ」に焦点を当てているのに対して、こちらは「因果応報」的な意味合いが強いんですね。悪事を働いた本人に、いずれ必ず悪い結果が訪れるという教訓を含んでいます。
たとえば、「人をだまして儲けた会社が倒産した。まさに悪事身に返るだね」というような使い方ができますよ。
隠し事は現れる(かくしごとはあらわれる)
「隠し事は現れる」は、どんなに隠そうとしても、秘密や悪事は必ず明るみに出てしまうという意味の表現です。
これも「悪事千里を走る」と同じように、悪事を隠し通すことの難しさを説いていますね。ただし、こちらは「広まる速さ」よりも「いずれはバレる」という必然性に重点を置いている点が特徴的なんです。
「長年の不正が監査で発覚した。やはり隠し事は現れるものだね」というように使えますね。時間がかかっても真実は必ず明らかになるという意味が込められているんです。
壁に耳あり障子に目あり(かべにみみありしょうじにめあり)
「壁に耳あり障子に目あり」は、どこで誰が聞いているか、見ているかわからないから、秘密の話や悪事には気をつけなさいという意味のことわざです。
壁や障子という本来は耳も目もないはずのものにさえ、それらがあるかのように感じられるほど、情報は漏れやすいということを表現しているんですね。
「悪事千里を走る」が結果(広まること)を述べているのに対し、こちらは原因(誰かが見聞きしている)を強調している点が違いなんです。「社内の愚痴もほどほどにね。壁に耳あり障子に目ありだから」というような使い方ができますよ。
Bad news travels fast(英語のことわざ)
これは英語のことわざですが、直訳すると「悪いニュースは速く伝わる」となり、まさに「悪事千里を走る」と同じ意味なんですね。
世界中どこでも、悪いニュースが良いニュースよりも早く広まるという人間社会の性質は共通しているということがわかりますよね。文化を超えた普遍的な真理だと言えるかもしれません。
「対義語」は?
「悪事千里を走る」の対義語として知っておきたいことわざもご紹介しますね。対比して覚えることで、より理解が深まりますよ。
好事門を出でず(こうじもんをいでず)
「好事門を出でず」は、良いことやよい行いは、なかなか世間に知られない、家の門を出ないという意味のことわざです。
これは「悪事千里を走る」と対をなすことわざとして、セットで使われることが非常に多いんですね。先ほどご紹介した中国の古典『北夢瑣言』でも、もともと「好事門を出でず、悪事千里を行く」という一つの文章として記されていました。
良い行いをしても評価されにくく、悪い行いはすぐに広まってしまうという、人間社会の不公平さや情報伝播の性質を表しているんです。でも、だからこそ良いことを続けることの価値があるとも言えますよね。
徳は孤ならず必ず隣あり(とくはこならずかならずとなりあり)
「徳は孤ならず必ず隣あり」は、徳のある人は孤立することなく、必ず理解者や協力者が現れるという意味の格言です。
これは『論語』に由来する言葉で、良い行いを続けていれば、たとえすぐには広まらなくても、必ず周囲に認められ、人が集まってくるという前向きなメッセージを含んでいるんですね。
「悪事千里を走る」が悪いことの広まりやすさを警告しているのに対し、こちらは良いことを続けることの大切さを励ましてくれる対義的な表現だと言えますよ。
陰徳あれば陽報あり(いんとくあればようほうあり)
「陰徳あれば陽報あり」は、人知れず良いことをしていれば、必ず表に現れる形で良い報いがあるという意味のことわざです。
「好事門を出でず」が良いことは広まりにくいと述べているのに対し、こちらは広まらなくても報いはあるという、より希望的な視点を提供していますね。
陰徳とは人に知られない善行のこと、陽報とは目に見える形での良い結果のことを指します。たとえ世間に知られなくても、良い行いは必ず自分に返ってくるという教えなんです。
「英語」で言うと?
「悪事千里を走る」に相当する英語表現もいくつかありますので、ご紹介していきますね。国際的なコミュニケーションの場でも使えますよ。
Bad news travels fast(悪いニュースは速く伝わる)
これは「悪事千里を走る」に最も近い英語のことわざです。直訳すると「悪いニュースは速く伝わる」となり、意味もほぼ同じなんですね。
英語圏でも、良いニュースよりも悪いニュースのほうが急速に広まるという社会現象は共通して認識されているんです。この表現は日常会話でもよく使われていて、たとえば「I heard about the scandal already. Bad news travels fast.(もうスキャンダルのこと聞いたよ。悪いニュースって早いよね)」というように使えますよ。
Ill news runs apace(悪い知らせは速く走る)
「Ill news runs apace」も、悪い知らせが速く伝わることを表現した英語のことわざです。
"Ill"は「悪い」、"apace"は「速く」という意味で、"runs"(走る)という動詞を使っているところが、日本語の「走る」と共通していて興味深いですよね。
この表現はやや古風な英語ですが、文学作品などでは今でも見かけることがあります。「悪事千里を走る」の「走る」という表現と呼応していて、翻訳の際には特に適切な選択肢かもしれませんね。
Bad news has wings(悪いニュースには翼がある)
「Bad news has wings」は、悪いニュースには翼があるかのように飛んで伝わるという比喩的な表現です。
翼を持って空を飛ぶように、悪いニュースは障害物を越えて遠くまで届いてしまうというイメージが込められているんですね。「走る」ではなく「飛ぶ」という表現を使うことで、より速さや広がりやすさが強調されている気がしませんか?
この表現は、特に情報拡散のスピードが速い現代において、より実感をもって理解できる表現かもしれませんね。SNSでの拡散などは、まさに「翼を持って飛ぶ」ようなイメージですよね。
まとめ
「悪事千里を走る」ということわざについて、意味から由来、使い方まで詳しく見てきましたが、いかがでしたでしょうか。
このことわざの核心は、「悪い行いや悪いうわさは、驚くほど速く遠くまで広まってしまう」という人間社会の真理にあるんですね。千年以上も前の中国の書物に記された教訓が、現代の日本でも、そして世界中でも通用するというのは、本当に興味深いことだと思いませんか?
特にSNS時代の今、このことわざの持つ意味はより一層重みを増しているように感じられますよね。一度投稿されたネガティブな情報は、瞬く間に拡散され、消すことも難しくなってしまいます。
だからこそ、私たちは日頃から自分の行動や言動に気をつけ、小さな悪事でも軽視せず、誠実に生きることが大切なんですね。「悪事千里を走る」という言葉は、まさに現代を生きる私たちへの戒めでもあるのかもしれません。
また、「好事門を出でず」という対義語とセットで覚えておくと、良いことはなかなか広まらないからこそ、積極的に発信していく姿勢も必要だということも学べますよね。
ぜひこの記事でご紹介した例文を参考に、日常会話やビジネスシーンで「悪事千里を走る」を使ってみてください。ことわざを上手に使えると、会話の深みも増しますし、教養のある印象も与えられますよ。古人の知恵を現代に活かしていきましょうね。
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