
「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれるよ」って、子どもの頃に一度は言われたことがありますよね。なんとなく怖いイメージは持っているけれど、実際にどんな意味があって、どこから生まれた言葉なのか、詳しく知っている方は少ないかもしれませんね。
このことわざは日本で古くから伝わる教訓ですが、実はその背景には古代インドの神話や仏教の世界観が深く関わっているんですね。この記事では、「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」の正確な意味や由来、実際の使い方がわかる例文、さらには類語や対義語、英語表現まで幅広くご紹介していきますね。
この記事を読めば、このことわざの奥深さがきっと理解できますし、日常生活やお子さんへの教育の場面でも自信を持って使えるようになりますよ。
「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」を理解するための基礎知識

まずは、このことわざの基本的な情報から見ていきましょうね。読み方や正確な意味、そしてどのような背景から生まれたのかを知ることで、より深く理解できるようになりますよ。
読み方
「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」は、「うそをつくとえんまさまにしたをぬかれる」と読みますね。
「閻魔」という漢字は、普段あまり目にしないので読み方に迷われる方もいらっしゃるかもしれませんね。「えんま」と読みますが、「閻魔大王(えんまだいおう)」という形で聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。
また、地域によっては「閻魔さま」を「えんまはん」と呼ぶところもあるようですが、基本的には「えんまさま」という呼び方が一般的ですね。
意味
「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」の意味は、嘘をついてはいけないという戒めの言葉なんですね。
この言葉には、嘘をつくことは悪いことであり、死後の世界で閻魔大王という裁判官のような存在から厳しい罰を受けるという教訓が込められていますよ。特に子どもたちに正直であることの大切さを教えるために、昔から使われてきたことわざなんですね。
閻魔様は死後の世界を統べる王で、生前の行いを裁くとされています。その中でも特に「嘘」という罪に対しては、舌を抜くという恐ろしい罰が待っているという言い伝えがあるんですね。
この表現は比喩的なものではありますが、嘘をつくことの罪深さと、正直であることの重要性を強く印象づける効果がありますよね。現代でも道徳教育の場面などでよく使われる表現だと思います。
語源と由来
このことわざの由来は、実はとても古く、古代インドの神話にまで遡るんですね。これって驚きじゃないですか?
元々の起源は、古代インドの死者の神「ヤマ(Yama)」という存在にあります。このヤマ神が仏教に取り入れられ、やがて「閻魔大王」として日本にも伝わってきたんですね。
仏教の経典である『正法念処経』や平安時代の源信が著した『往生要集』には、地獄での罰の様子が詳しく描かれています。その中で、嘘をつく罪(仏教では「妄語戒」と呼ばれます)を犯した者は、地獄で舌を抜かれるという罰を受けると記されているんですね。
ただ、ここで面白いのは、実際に舌を抜くのは閻魔大王本人ではなく「獄卒(ごくそつ)」と呼ばれる地獄の鬼たちなんですよ。江戸時代以降、日本でこの言い伝えが広まる過程で「獄卒が」という部分が省略され、「閻魔様に舌を抜かれる」という表現になったようですね。
さらに興味深いことに、仏教経典によると、舌は抜かれても再生し、何度も繰り返し抜かれるという恐ろしい罰だったとされています。これはゾロアスター教の影響も受けているという説もあるんですね。
平安時代には「十王信仰」という考え方と結びつき、鎌倉時代にはさらに民間に広まっていきました。地獄絵や民話を通じて、人々は閻魔様の存在を恐れ、嘘をつかないように心がけるようになったんですね。
ちなみに、閻魔大王は実は人類で最初に死んだ人だったという説もあり、赤い顔は自身の罪の苦しみを象徴しているとも言われています。また、地蔵菩薩と同一視されることもあり、優しい側面も持っているんですよ。このあたりは、日本独自の信仰の変化とも言えるかもしれませんね。
「使い方」がわかる「例文」3選

それでは、実際に「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」ということわざをどのように使うのか、具体的な例文で見ていきましょうね。日常生活のいろいろな場面で使える表現ですよ。
1:「息子がテストの点数を隠そうとしたので、『嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれるよ』と諭しました」
これは親が子どもに対して正直さの大切さを教える場面での使い方ですね。
お子さんが悪い点数を隠そうとしたり、何か失敗を隠そうとしたりする場面って、どの家庭でもあることですよね。そんなとき、このことわざを使うことで、嘘をつくことの良くなさを印象的に伝えることができるんですね。
このような使い方は、昔から日本の家庭で広く行われてきた道徳教育の一つと言えますよ。恐怖を煽るというよりも、正直であることの価値を教える手段として効果的なんですね。
2:「契約書の内容を偽って説明するなんて、嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれると昔から言うじゃないか」
これはビジネスシーンや社会生活における誠実さを説く場面での使い方ですね。
大人になっても、このことわざは有効に使えるんですよ。特に商取引や契約などの場面で、相手に誠実さを求めたり、自分自身を戒めたりする際に用いることができます。
現代社会では法律や契約が重視されますが、その根底には「嘘をつかない」という基本的な倫理観がありますよね。このことわざは、そうした普遍的な価値観を表現する言葉として、世代を超えて通じる力を持っているんですね。
3:「『宿題やった?』と聞かれて『やった』と答えたけど、嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれると思い出して正直に言い直した」
これは自分自身の行動を振り返り、正直であろうとする場面での使い方ですね。
このことわざは、他人を戒めるだけでなく、自分自身の良心の声としても機能するんですよ。ふとした瞬間に「あ、嘘をつこうとしている」と気づかせてくれる効果があるんですね。
特に子どもの頃に繰り返し聞かされたこの言葉は、大人になってからも心の奥底に残っていて、道徳的なブレーキとして働くことがありますよね。これって、ことわざの持つ教育的な力の素晴らしい例だと思いませんか?
似た意味の「ことわざ」は?「類語」「言い換え」表現
「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」と似た意味を持つことわざや表現は、実は日本にいくつかあるんですね。それぞれ微妙にニュアンスが違いますから、一緒に見ていきましょう。
正直の頭に神宿る
「正直の頭に神宿る」は、正直な人には神様の加護があるという意味のことわざですね。
「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」が罰を通じて嘘を戒めるのに対し、こちらは正直であることのメリットを伝える表現なんですね。言ってみれば、一方は「やってはいけない」という否定形で、もう一方は「やるべきだ」という肯定形の教えと言えますよ。
どちらも正直さの大切さを説いていますが、アプローチが違うので、状況に応じて使い分けるといいかもしれませんね。お子さんには、罰よりも報酬を示す方が効果的な場合もありますからね。
嘘つきは泥棒の始まり
「嘘つきは泥棒の始まり」は、小さな嘘をつく人は、やがて大きな罪を犯すようになるという警告の言葉ですね。
このことわざも「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」と同じく、嘘をつくことを戒める表現ですが、こちらは現世での悪行の連鎖を警告しているんですね。死後の罰ではなく、生きている間に人としての道を踏み外す危険性を示しているところが特徴的ですよ。
「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」が超自然的な罰を示すのに対し、「嘘つきは泥棒の始まり」はより現実的・実践的な警告と言えるかもしれませんね。
天網恢恢疎にして漏らさず
「天網恢恢疎にして漏らさず」は、天の網は目が粗いように見えても、悪事を見逃すことはないという中国の古い格言ですね。
この表現も、悪いことをすれば必ず報いがあるという点で「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」と共通していますよ。ただし、こちらは嘘だけでなく、あらゆる悪事が見逃されることはないという、より広い意味を持っているんですね。
また、「閻魔様」という具体的な存在ではなく、「天」という抽象的な概念による裁きを示しているところが違いと言えますね。少し哲学的で深い響きがある表現かもしれませんね。
因果応報
「因果応報」は、良い行いには良い結果が、悪い行いには悪い結果が返ってくるという仏教の教えですね。
このことわざは、嘘だけに限らず、すべての行為に対して結果が伴うという普遍的な法則を表しています。「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」は嘘という特定の悪行に対する罰を示していますが、「因果応報」はもっと広い視野で人生の道理を説いているんですね。
ただ、根底にある「悪いことをすれば必ず報いがある」という思想は共通していますよ。
「対義語」は?
次に、「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」とは反対の意味を持つことわざや表現を見ていきましょうね。正直さを重んじる考え方とは対照的な価値観を示す言葉たちですよ。
嘘も方便
「嘘も方便」は、目的を達成するためには、時には嘘も必要な手段であるという意味のことわざですね。
これは「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」とは真逆の考え方を示していますよね。すべての嘘が悪いわけではなく、相手を思いやる優しい嘘や、より大きな善のための嘘もあるという、柔軟な道徳観を表しているんですね。
例えば、重い病気の人に希望を持たせるために真実を少し和らげて伝えるような場合、これは「嘘も方便」と言えるかもしれませんね。絶対的な正直さよりも、状況に応じた判断が大切だという考え方なんですよ。
正直者が馬鹿を見る
「正直者が馬鹿を見る」は、正直にしていると損をすることがあるという、やや皮肉めいた表現ですね。
このことわざは、理想と現実のギャップを表していますよね。「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」が正直さを美徳として称える一方で、こちらは現実社会では正直者が不利益を被ることもあるという世の中の厳しさを示しているんですね。
ただし、これは正直さを否定しているわけではなく、むしろその難しさや尊さを逆説的に表現しているとも言えるかもしれませんね。世の中が理想通りにはいかないという、ちょっと苦い真実を含んだ言葉ですよね。
世渡りは嘘も方便
「世渡りは嘘も方便」は、社会でうまくやっていくためには、時には嘘も必要だという実用的な考え方を示す表現ですね。
これは「嘘も方便」をさらに現実社会に即した形で表現したもので、人間関係や社会生活をスムーズに送るためには、すべてを正直に言うわけにはいかないという処世術を示しているんですね。
例えば、職場での建前と本音の使い分けや、社交辞令のような場面を思い浮かべると、この言葉の意味が理解できるかもしれませんね。「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」が示す絶対的な道徳観とは対照的に、社会の複雑さを認める現実的な視点だと言えますよ。
「英語」で言うと?
それでは、「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」と似た意味を持つ英語の表現を見ていきましょうね。文化は違っても、嘘を戒める考え方は世界共通なんですよ。
Liars will be punished in hell(嘘つきは地獄で罰を受ける)
この表現は、日本のことわざに最も近い直接的な英訳と言えますね。
英語圏でも、嘘をつくことへの宗教的・道徳的な罰という概念はありますよ。キリスト教文化圏では、地獄での罰という考え方は一般的で、嘘は十戒の一つ「偽りの証言をしてはならない」に反する罪とされているんですね。
ただし、日本の「閻魔様」のような具体的な裁き手の存在が英語圏にはないので、「hell(地獄)」という場所での罰という形で表現されることが多いんですよ。文化的背景は違いますが、嘘に対する厳しい態度は共通していますね。
A liar's punishment is not that he is not believed, but that he cannot believe anyone else(嘘つきの罰は信じてもらえないことではなく、誰も信じられなくなることだ)
これは哲学者ジョージ・バーナード・ショーの言葉と言われている表現ですね。
この言葉は、「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」よりも、もっと心理的で深い洞察を示しているんですね。死後の罰ではなく、生きている間に自分が受ける内面的な苦しみに焦点を当てているんですよ。
嘘をつき続けると、自分自身が他人を信じる能力を失ってしまうという、現世での精神的な罰を表現しているところが興味深いですよね。これって、ある意味では死後の罰よりも恐ろしいことかもしれませんね。
Honesty is the best policy(正直は最良の策)
この表現は、英語圏で最もよく使われる正直さの重要性を説くことわざですね。
「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」が罰を通じて嘘を戒めるのに対し、この英語表現は正直であることの実用的な価値を強調しているんですね。「policy(方針・策)」という言葉を使うことで、正直さが道徳的に正しいだけでなく、実際的にも最も良い選択であるというメッセージを伝えていますよ。
恐怖による抑止ではなく、正直さのメリットを前面に出す点が、英語圏の実用主義的な考え方を反映しているとも言えるかもしれませんね。
まとめ
「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」ということわざについて、詳しく見てきましたがいかがでしたか?
このことわざの意味は、嘘をついてはいけないという戒めの言葉で、古代インドの神話や仏教の教えに起源を持つ、とても歴史の深い表現なんですね。実際に舌を抜くのは獄卒という鬼たちであることや、舌が何度も再生して繰り返し罰を受けるという恐ろしい内容も、私たちに嘘の罪深さを強く印象づけてくれますよね。
現代社会では、子どもへの道徳教育だけでなく、大人の倫理観を問い直す場面でも使える言葉ですよ。もちろん、「嘘も方便」のような対義語が示すように、状況によっては柔軟な判断も必要かもしれませんが、基本的には正直であることの大切さは変わらない普遍的な価値だと言えますね。
日常生活の中で、もし嘘をつこうか迷う瞬間があったら、この閻魔様のことわざを思い出してみてください。きっと、正直な道を選ぶきっかけになると思いますよ。ぜひ、お子さんや周りの方との会話の中でも、この歴史あることわざを使ってみてくださいね。