
「同類相憐れむ」ということわざ、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。でも、いざ「どんな意味?」と聞かれると、正確に答えられる自信がないという方も多いかもしれませんね。
似たような境遇の人同士が仲良くなるって話かな、と何となくイメージできても、具体的にどんな場面で使えるのか、どんな由来があるのか、詳しく知っている方は意外と少ないんですね。
この記事では、「同類相憐れむ」の正確な意味から語源、実際の使い方の例文、そして似た意味のことわざや対義語、英語での表現まで、網羅的に解説していきます。読み終わる頃には、自信を持ってこのことわざを使えるようになっているはずですよ。
「同類相憐れむ」を理解するための基礎知識

まずは、このことわざの基本的な情報から押さえていきましょう。読み方や意味、そして歴史的な背景を知ることで、より深く理解できるようになりますよね。
読み方
「同類相憐れむ」は、「どうるいあいあわれむ」と読みます。
ちなみに、似た表現で「同病相憐れむ(どうびょうあいあわれむ)」という言い方もあるんですね。こちらも同じような意味で使われることが多いので、セットで覚えておくと便利かもしれません。
「憐れむ」という漢字は少し難しいですが、「あわれむ」と読むことを押さえておけば大丈夫ですよ。
意味
「同類相憐れむ」は、同じような苦しい境遇にある者同士が、互いに親近感を覚え、同情し合うという意味のことわざです。
つまり、似たような悩みや困難を抱えている人たちは、その共通の経験を通じて、相手の気持ちがよくわかるんですね。そして自然と、お互いを理解し合い、励まし合う関係が生まれるということを表しているんです。
例えば、同じ病気と闘っている患者さん同士、同じような失敗を経験した人同士、あるいは同じような境遇で苦労している人同士が、特別な絆で結ばれることってありますよね。
このことわざは、そうした人間の自然な心理を言い表しているんですね。共通の苦しみがあると、言葉で説明しなくても相手の辛さが理解できる。だからこそ、深い共感と同情が生まれるわけです。
語源と由来
「同類相憐れむ」の由来は、古代中国の歴史書『呉越春秋』の「闔閭内伝」にあるとされています。
その中に「同病相憐れみ、同憂相救う」という言葉が出てくるんですね。これは「同じ病を持つ者は互いに憐れみ合い、同じ憂いを持つ者は互いに助け合う」という意味なんです。
もともとは、戦乱の時代に苦しい境遇にあった人々が、お互いを思いやり、支え合う姿を描いた言葉だったんですね。本来は非常にポジティブな意味で、苦境にある者同士の相互扶助の精神を表現していたんです。
その後、この「同病相憐れみ、同憂相救う」から、「同病相憐れむ」や「同類相憐れむ」という形で日本に伝わり、広く使われるようになったとされています。
長い歴史の中で使われ続けてきたことわざだからこそ、今でも私たちの心に響くものがあるのかもしれませんね。
「使い方」がわかる「例文」3選

意味や由来がわかったところで、次は実際の使い方を見ていきましょう。具体的な例文を通じて、どんな場面でこのことわざを使えるのか、イメージが湧いてくると思いますよ。
1:「受験に失敗した者同士、同類相憐れむで自然と仲良くなった」
この例文は、同じような失敗体験を持つ人同士の関係を表していますね。
受験という大きなチャレンジで思うような結果が出なかった人たちは、その悔しさや辛さを誰よりも理解し合えるものです。同じ予備校に通うことになったり、浪人生活を送ったりする中で、言葉にしなくても相手の気持ちがわかる。だからこそ、深い絆が生まれやすいんですね。
こうした「負の経験」を共有する関係というのも、同類相憐れむの典型的な例と言えます。
お互いの弱みや辛さを知っているからこそ、励まし合い、支え合える関係になれるんですよね。
2:「リストラされた同僚たちは、同類相憐れむ気持ちで集まって情報交換会を開いた」
この例文は、ビジネスシーンでの使い方を示していますね。
会社のリストラという厳しい状況に直面した人たちは、同じ不安や悩みを抱えているものです。再就職の難しさ、家族への申し訳なさ、将来への不安など、似たような感情を持っているからこそ、自然と集まって助け合おうという気持ちになるんですね。
このように、同類相憐れむという言葉は、単なる同情だけでなく、具体的な相互扶助の行動にもつながることを表しています。情報交換や励まし合いなど、実際に助け合う関係性も含まれているんですね。
きっと、こうした集まりの中では、他の人には理解されにくい苦しみも、わかり合えるのではないでしょうか。
3:「闘病中の患者会では、同類相憐れむ精神で互いに励まし合っている」
この例文は、医療や健康に関する場面での使い方ですね。
同じ病気と闘っている患者さん同士は、その辛さや不安を誰よりも深く理解できるものです。治療の副作用、日常生活の制約、周囲の人に理解してもらえない孤独感など、共通の経験があるからこそ、特別な絆が生まれるんですね。
患者会や自助グループなどで、このような同類相憐れむの精神が実際に活かされているケースは多いんです。医療の専門知識は医師に任せるとしても、同じ立場の人からしか得られない共感や励ましというのは、本当に貴重なものですよね。
「あなただけじゃないよ」「私も同じように感じたよ」という言葉が、どれだけ心の支えになることか。それが同類相憐れむという人間の自然な心理なんですね。
似た意味の「ことわざ」は?「類語」「言い換え」表現
「同類相憐れむ」と似たような意味を持つことわざや表現は、実はいくつもあるんですね。それぞれ微妙にニュアンスが違うので、使い分けができるとより表現力が豊かになりますよ。
同病相憐れむ
これは「同類相憐れむ」と最も近い表現ですね。読み方は「どうびょうあいあわれむ」です。
同じ病気や悩み、苦しみを持つ者がお互いのつらさを理解するので助け合い、同情し合うという意味なんです。
実は、「同類相憐れむ」よりも「同病相憐れむ」の方が一般的によく使われているかもしれませんね。どちらも同じ『呉越春秋』に由来しているので、ほぼ同じ意味と考えて問題ありません。
ただ、「同病」という言葉から、病気や健康問題に関する文脈で使われることが多い印象がありますね。一方で「同類」はより広い意味で、境遇全般に使えるというニュアンスの違いがあるかもしれません。
傷を舐め合う
「傷を舐め合う」は、少しネガティブなニュアンスを含む表現ですね。
これは、お互いに傷ついた者同士が慰め合う様子を表しているんですが、実は少し批判的な意味合いで使われることが多いんです。
例えば、「問題の本質的な解決にはならず、ただ傷を舐め合っているだけだ」というように、建設的ではない関係性を指摘する際に使われることがあります。お互いに慰め合うことで一時的には楽になるけれど、前に進めていないという状況ですね。
「同類相憐れむ」が本来は相互扶助の精神を表すのに対して、「傷を舐め合う」は停滞や甘えを批判するニュアンスがある点が大きな違いと言えるでしょう。
類は友を呼ぶ
「類は友を呼ぶ」は、似た者同士が自然と集まるという意味のことわざですね。
これは必ずしも「苦しい境遇」に限定されず、性格や趣味、価値観など、あらゆる共通点を持つ者同士が引き寄せ合うという広い意味で使われます。
「同類相憐れむ」が「憐れむ」という言葉から苦しみや同情の要素を含むのに対して、「類は友を呼ぶ」はもっとニュートラルな表現なんですね。ポジティブな共通点でもネガティブな共通点でも使えます。
例えば、「音楽好きな人たちが集まったね。類は友を呼ぶというけれど本当だね」というように、楽しい文脈でも使えるのが特徴です。
同憂相救う
「同憂相救う(どうゆうあいすくう)」は、「同類相憐れむ」の語源となった『呉越春秋』の一節から来ている表現ですね。
意味は同じ憂いや悩みを持つ者同士が互いに助け合うということです。
「同類相憐れむ」が「憐れむ=同情する」という感情的な側面を強調しているのに対して、「同憂相救う」は「救う=助ける」という行動的な側面を強調している点が違いますね。
実際の行動として助け合うことに焦点を当てた表現だと言えるでしょう。ただし、現代ではあまり一般的には使われない表現かもしれませんね。
「対義語」は?
「同類相憐れむ」と反対の意味を持つことわざも見ておきましょう。対義語を知ることで、元の言葉の意味がより鮮明になりますよね。
同族嫌悪
「同族嫌悪(どうぞくけんお)」は、自分と似た性質や境遇の人を、かえって嫌悪してしまう心理を表す言葉です。
これは「同類相憐れむ」とは正反対の現象ですよね。似た者同士が引き寄せ合うどころか、反発し合ってしまうんです。
心理学的には、自分の嫌いな部分を相手の中に見てしまうことで、不快感を覚えるという説明がされることが多いですね。自分のコンプレックスや欠点を持っている相手を見ると、無意識に自分を見ているようで嫌になってしまう、という現象なんです。
例えば、「彼とは性格が似すぎていて、同族嫌悪を感じてしまう」というように使われますね。
我田引水
「我田引水(がでんいんすい)」は、自分の利益になるように物事を運ぶことを表すことわざです。
これは、他者への同情や共感とは対極にある、自分本位な態度を表していますね。自分の田んぼにだけ水を引くという比喩から来ているんです。
「同類相憐れむ」が他者への共感と相互扶助を表すのに対して、「我田引水」は自己中心的な行動を批判する言葉なので、対義語と言えるでしょう。
「彼の提案は我田引水で、チーム全体のことは考えていない」というように、否定的な文脈で使われることが多いですね。
弱肉強食
「弱肉強食(じゃくにくきょうしょく)」は、弱い者が強い者の餌食になるという、厳しい競争社会の原理を表すことわざです。
弱者同士が助け合うどころか、強者が弱者を淘汰していく世界観ですから、「同類相憐れむ」とは真逆の考え方と言えますね。
自然界の掟や、容赦ないビジネスの世界などを表現する際に使われます。「この業界は弱肉強食の世界だから、甘えは許されない」というような使い方をしますね。
共感や同情といった感情の入る余地がない、冷徹な世界観を表している点で、対義語として挙げられるでしょう。
「英語」で言うと?
「同類相憐れむ」を英語で表現する方法もいくつかあるんですね。文化が違っても、似たような人間心理を表す言葉があるというのは興味深いですよね。
Misery loves company(不幸は仲間を愛する)
これは「不幸な人は同じように不幸な人と一緒にいたがる」という意味の英語のことわざなんです。
直訳すると「不幸は仲間を愛する」となりますが、まさに「同類相憐れむ」と同じ心理を表していますよね。苦しい状況にある人は、同じような境遇の人と一緒にいることで慰めを得るという人間の性質を言い表しているんです。
英語圏では非常によく使われる表現で、日常会話でも頻繁に耳にするフレーズですね。例えば、失恋した友人が同じく失恋した人と話したがっている時などに、"Well, misery loves company."(まあ、不幸な時は仲間が欲しいものだよね)というように使われます。
ネガティブな状況での連帯感を表現する、最も近い英語表現と言えるでしょう。
Fellow sufferers pity each other(同じ苦しみを持つ者同士が互いに同情する)
これは「同類相憐れむ」の直訳に最も近い英語表現ですね。
"Fellow sufferers"は「同じ苦しみを経験している仲間」という意味で、"pity each other"は「互いに同情し合う」という意味です。文字通り、苦しみを共有する者同士の相互理解と同情を表現しています。
ただ、これは慣用句というよりは、直接的な説明表現に近いですね。日常会話というよりは、文章や説明の中で使われることが多いかもしれません。
でも、意味の正確さという点では、最も忠実に「同類相憐れむ」の概念を伝えられる表現だと言えるでしょう。
Misery makes strange bedfellows(不幸は奇妙な仲間を作る)
これは「困難な状況では、普段なら決して一緒にならないような人たちが協力し合う」という意味の英語のことわざです。
"Strange bedfellows"は直訳すると「奇妙な寝床仲間」となりますが、これは「普段なら一緒にならない組み合わせ」という意味の慣用表現なんですね。
「同類相憐れむ」が同じような境遇の人同士の結びつきを表すのに対して、この表現は「共通の困難」によって、本来は接点のない者同士が団結するという、少し違ったニュアンスを持っています。
例えば、政治の世界で対立していた派閥が共通の脅威に対して手を組む時などに使われることがありますね。必ずしも完全な同義語ではありませんが、困難による連帯という点では通じる表現だと言えるでしょう。
まとめ
ここまで「同類相憐れむ」について、詳しく見てきましたね。
このことわざは、同じような苦しい境遇にある者同士が、互いに親近感を覚え、同情し合うという意味でしたね。古代中国の『呉越春秋』に由来する、長い歴史を持つ言葉なんです。
大切なのは、これが単なる同情だけでなく、相互理解と相互扶助の精神を表しているということです。共通の経験を持つからこそ、相手の痛みがわかる。だからこそ、自然と助け合おうという気持ちが生まれるんですね。
患者会や自助グループなど、現代社会でもこの精神は様々な場面で活かされています。同じ悩みを持つ人たちが集まることで、専門家からは得られない特別な共感や励ましが生まれるんですよね。
もちろん、「傷を舐め合う」というネガティブな側面に陥らないように、前向きに助け合うことが大切ですが、困難な時に孤独を感じなくて済むというのは、本当に心強いことだと思いませんか?
あなたも何か大変なことがあった時、同じような経験をした人と話すことで、少し心が軽くなった経験があるのではないでしょうか。それがまさに「同類相憐れむ」の心理なんですね。
この言葉を知っていると、人間関係や社会現象をより深く理解できるようになるかもしれませんね。ぜひ、日常会話の中でも使ってみてください。