
「泣いて馬謖を斬る」ということわざ、聞いたことはあるけれど、実際にどんな意味なのか、どういう場面で使えばいいのか、迷ったことはありませんか?
このことわざは三国志に由来する有名な故事から生まれたもので、深い教訓が込められているんですね。
でも、いざ説明しようとすると「馬謖って誰?」「なぜ泣いて斬るの?」と疑問が次々と浮かんできますよね。
この記事では、「泣いて馬謖を斬る」の正確な意味から歴史的な由来、実際の使い方がわかる例文、さらには類語や対義語、英語表現まで、まるごとご紹介していきます。
最後まで読んでいただければ、きっとこのことわざを自信を持って使えるようになると思いますよ。
「泣いて馬謖を斬る」を理解するための基礎知識

読み方
「泣いて馬謖を斬る」は、「ないてばしょくをきる」と読みます。
「馬謖」という人名の部分が少し読みにくいかもしれませんね。
「ばしょく」と読むことを覚えておくと、会話の中でもスムーズに使えるようになりますよ。
意味
「泣いて馬謖を斬る」とは、私情や個人的な感情を抑えて、規律や大義のために厳正な処置を取ることを意味することわざです。
もう少し詳しく言うと、どんなに大切な人や親しい人であっても、過ちを犯したり、組織全体のために必要であれば、心を鬼にして厳しい処分を下すという意味なんですね。
リーダーとしての辛い決断、個人的な情よりも全体の利益を優先する厳しさを表現する時に使われるんです。
特にビジネスシーンや組織運営の場面で、よく引用されることわざなんですよ。
語源と由来
このことわざの由来は、中国の三国時代にまでさかのぼります。
三国志演義に記された、蜀の名軍師・諸葛亮孔明と、その部下である馬謖との悲しい物語が元になっているとされています。
西暦228年頃、諸葛孔明は魏を討つために北伐を開始しました。
このとき孔明は、信頼していた部下の馬謖に重要な拠点である街亭の守備を任せたんですね。
馬謖は孔明から厚い信頼を受けていた人物で、孔明自身も彼を我が子のようにかわいがっていたと言われています。
しかし、馬謖は戦場での経験が浅く、理論は知っていても実戦には不慣れな面がありました。
孔明は出陣前に馬謖に対して「必ず街道に陣を敷くように」と具体的な指示を出していたんです。
ところが馬謖は、自分の戦術理論を過信して、孔明の指示に従わず山の上に陣を張ってしまったんですね。
その結果、魏の司馬懿の巧みな戦術によって水源を断たれ、蜀軍は大敗してしまいました。
この敗北により、孔明の北伐計画は大きく頓挫することになったんです。
戦いが終わった後、孔明は深く悩んだと言われています。
馬謖は自分が目をかけてきた愛弟子のような存在でしたから、個人的には助けてあげたいという気持ちがあったでしょう。
でも、軍の規律を保ち、他の将兵たちに示しをつけるためには、命令違反という重大な過ちを犯した馬謖を処罰しなければなりませんでした。
もし馬謖を特別扱いして許してしまえば、軍全体の規律が乱れてしまいますよね。
孔明は涙を流しながらも、軍法に従って馬謖に死刑を言い渡したとされています。
この時の孔明の姿が「泣いて馬謖を斬る」ということわざの由来になったんですね。
ちなみに、史実と小説『三国志演義』では少し内容が異なるという説もあります。
実際の歴史記録では、馬謖が獄中で病死したとも記されているんですが、「泣いて馬謖を斬る」という故事として広く知られているのは演義の方のエピソードなんですよ。
「使い方」がわかる「例文」3選

1:「社長は泣いて馬謖を斬る思いで、創業メンバーの専務を解任した」
これは企業経営における厳しい決断の場面ですね。
会社を一緒に立ち上げた仲間、長年苦楽を共にしてきた創業メンバーというのは、社長にとっては特別な存在だと思います。
でも、その専務が重大な失態を犯したり、会社の方針に反する行動をとったりした場合、個人的な友情や過去の功績だけでは見逃せないこともありますよね。
会社全体のため、他の社員たちのためには、たとえ心が痛んでも厳しい処分を下さなければならない時があるんです。
そういった、私情を振り切って組織のために決断する辛さを表現する時に、この「泣いて馬謖を斬る」を使うことができるんですね。
2:「監督は泣いて馬謖を斬る覚悟で、エースピッチャーを登録抹消にした」
スポーツの世界でも、このことわざがよく使われます。
チームのエースピッチャーは、まさにチームの顔であり、大黒柱ですよね。
しかし、そのエースが規律違反を犯したり、チームの和を乱すような行動をとったりした場合、監督はどんなに試合で必要な選手であっても、チーム全体の規律を守るために厳しい処分を下さなければならないことがあります。
「この選手がいなければ試合に勝てないかもしれない」という気持ちと、「でもルールは守らせなければならない」という責任の間で葛藤する監督の心情が伝わってきますよね。
もしかしたら、監督自身がその選手を育ててきたという思い入れもあるかもしれません。
そんな複雑な感情の中での決断を表現するのに、このことわざはぴったりなんです。
3:「校長先生は泣いて馬謖を斬るように、問題を起こした教え子の退学処分を決めた」
教育現場でも、このような辛い決断が求められることがありますよね。
特に校長先生が、かつて自分が担任として教えていた生徒だったりすると、その苦しさは計り知れないものがあるでしょう。
個人的には「この子にはまだ可能性がある」「もう一度チャンスを与えたい」と思っても、学校全体の秩序を守るため、他の生徒たちへの影響を考えると、厳正な処分を下さざるを得ない場合があるんですね。
きっと校長先生も、決断した後も長く心に重いものを抱えていると思います。
でも、それでも組織のリーダーとしての責任を果たす、そんな厳しさと苦悩を表現するのに、この「泣いて馬謖を斬る」という表現が使われるんですよ。
似た意味の「ことわざ」は?「類語」「言い換え」表現
苦渋の決断
「苦渋の決断」は、ことわざではありませんが、「泣いて馬謖を斬る」と非常に似た意味で使われる表現ですね。
この言葉は、非常に辛く苦しい思いをしながら、それでも決めなければならないという決断の重さを表しています。
「泣いて馬謖を斬る」が特に「私情を排して規律を守る」というニュアンスが強いのに対して、「苦渋の決断」はもう少し広く、あらゆる辛い決断に使えるんですよ。
たとえば、「苦渋の決断で会社を畳むことにした」「苦渋の決断で手術を受けることにした」など、規律とは関係ない場面でも使えますよね。
でも、リーダーが組織のために心を鬼にして決断する、という文脈では、両者はほぼ同じ意味で使えるんです。
大義のために私を捨てる
「大義のために私を捨てる」という表現も、非常に近い意味を持っていますね。
これは、個人的な感情や利益よりも、より大きな目的や正義のために、自分の私情を犠牲にするという意味なんです。
「泣いて馬謖を斬る」との違いは、こちらは必ずしも「誰かを処罰する」という場面に限らないことかもしれませんね。
自分自身の私情を抑えて公のために行動する、という広い意味で使われることが多いんですよ。
たとえば、「大義のために私を捨てて、会社の再建計画に賛成した」というような使い方ができます。
どちらも、リーダーシップや責任感の重さを表現する時に使える表現ですよね。
鬼になる
「鬼になる」という表現も、似た場面で使われることがあります。
これは文字通り、心を鬼のように厳しくして、情け容赦なく接するという意味ですね。
「ここは鬼になって叱らなければならない」「鬼になって厳しい処分を下した」というような使い方をします。
「泣いて馬謖を斬る」との微妙な違いは、「鬼になる」の方がもう少しカジュアルで、日常的な場面でも使いやすいことかもしれませんね。
たとえば親が子どもに厳しく接する時にも「ここは鬼になって叱らないと」と言ったりしますよね。
「泣いて馬謖を斬る」は、もう少し重大な決断や、組織のリーダーとしての立場で使われることが多いんです。
でも、どちらも「本当は辛いけど、厳しくしなければならない」という心情を表している点では共通していますよね。
私情を挟まず
「私情を挟まず」という表現も、関連する言い回しですね。
これは個人的な感情や関係性に左右されずに、公正に判断するという意味なんです。
「私情を挟まず公平に評価する」「私情を挟まず厳正に処分する」というような使い方をします。
「泣いて馬謖を斬る」が「辛いけれども決断する」という情緒的な側面を強調しているのに対して、「私情を挟まず」は冷静で客観的な判断という側面を強調しているんですね。
どちらも組織運営やリーダーシップにおいて大切な姿勢を表していますが、「泣いて馬謖を斬る」の方がより人間的な葛藤や苦悩が伝わってくる表現かもしれませんね。
「対義語」は?
情に流される
「情に流される」は、「泣いて馬謖を斬る」とは正反対の意味を表す表現ですね。
これは、個人的な感情や人間関係を優先してしまって、本来すべき正しい判断ができなくなってしまうことを意味しているんです。
「情に流されて処分を甘くしてしまった」「情に流されて不正を見逃してしまった」というような使い方をします。
「泣いて馬謖を斬る」が、辛くても私情を抑えて正しい決断をすることを表しているのに対して、「情に流される」は私情を優先してしまうという意味なんですね。
リーダーとしては避けるべき態度とされることが多いですよね。
でも、人間として「情に流される」気持ちも理解できますし、時には温情も必要かもしれません。
バランスが難しいところなんですよね。
えこひいき
「えこひいき」も対義的な表現として考えられますね。
これは特定の人を特別扱いして、不公平な対応をすることを意味します。
「あの上司はえこひいきが激しい」「えこひいきせずに公平に評価してほしい」というような使い方をするんです。
「泣いて馬謖を斬る」が、たとえ親しい人であっても規律のために厳正に処分することを表すのに対して、「えこひいき」は親しい人だからこそ特別扱いするという、まさに反対の態度なんですね。
組織運営においては、えこひいきは信頼を損なう原因になりますから、リーダーは気をつけなければならないポイントですよね。
身内をかばう
「身内をかばう」という表現も、対義的な意味を持っていますね。
これは、自分と近い関係にある人の過ちや問題を、隠したり守ったりすることを意味しています。
「組織ぐるみで身内をかばっている」「身内をかばって真実を隠蔽した」というような使い方をします。
「泣いて馬謖を斬る」が、身内であっても厳正に処分するという毅然とした態度を表すのに対して、「身内をかばう」は身内だからこそ守ろうとする態度を表しているんです。
これも、組織の透明性や公正性を損なう行為として、批判されることが多いですよね。
ただ、人間として身内を守りたいという気持ちは自然なものですから、「泣いて馬謖を斬る」という決断がいかに辛く重いものかが、対義語を見ることでより理解できるかもしれませんね。
「英語」で言うと?
To make a painful decision for the greater good(より大きな利益のために辛い決断をする)
英語で「泣いて馬謖を斬る」に最も近い意味を表すのが、この表現ですね。
"greater good"というのは「より大きな善」「全体の利益」という意味で、個人的な感情よりも全体のためを優先するというニュアンスが含まれているんです。
"painful decision"は「辛い決断」という意味ですから、まさに「泣いて馬謖を斬る」の心情を表していますよね。
ビジネスシーンや政治の場面で、リーダーが厳しい決断をする時によく使われる表現なんですよ。
たとえば、"The CEO had to make a painful decision for the greater good of the company"(社長は会社全体のために辛い決断をしなければならなかった)というような使い方ができます。
日本の「泣いて馬謖を斬る」のような具体的な故事は含まれていませんが、意味としては非常に近いんですね。
To enforce discipline despite personal feelings(個人的な感情にもかかわらず規律を執行する)
もう一つの表現として、この"enforce discipline"を使った言い方もありますね。
"enforce"は「執行する」「実施する」という意味で、"discipline"は「規律」「訓練」という意味なんです。
"despite personal feelings"は「個人的な感情にもかかわらず」という意味ですから、私情を排して規律を守るという「泣いて馬謖を斬る」の核心部分を表現していますよね。
特に軍隊や厳格な組織での規律違反への対応を説明する時に使われることが多い表現なんですよ。
「泣いて馬謖を斬る」の由来が軍事的な場面だったことを考えると、この表現は文脈としても近いかもしれませんね。
たとえば、"The general had to enforce discipline despite his personal feelings for the soldier"(将軍は兵士への個人的な思いにもかかわらず、規律を執行しなければならなかった)というような使い方ができます。
To put duty before friendship(友情よりも義務を優先する)
この表現も、「泣いて馬謖を斬る」の意味合いをよく表していますね。
"put A before B"は「BよりもAを優先する」という意味で、"duty"は「義務」「責務」、"friendship"は「友情」を意味します。
個人的な友情や親しい関係よりも、立場上の義務や責任を優先するという意味なんですね。
諸葛孔明と馬謖の関係も、師弟関係であり、深い信頼関係があったわけですから、まさに「友情よりも義務を優先した」と言えるかもしれませんね。
たとえば、"The manager had to put duty before friendship when he fired his best friend"(マネージャーは親友を解雇する時、友情よりも義務を優先しなければならなかった)というような使い方ができるんです。
ビジネスだけでなく、日常生活の中での難しい選択を表現する時にも使える、便利な表現なんですよ。
まとめ
ここまで「泣いて馬謖を斬る」ということわざについて、詳しく見てきましたね。
このことわざは、三国志の諸葛孔明が愛弟子のような存在だった馬謖を、軍規のために涙ながらに処刑したという故事に由来していることがわかりました。
個人的な感情や親しい関係よりも、組織全体の規律や大義を優先して、心を鬼にして厳しい決断をすることを意味する、重みのあることわざなんですね。
現代のビジネスシーンや組織運営においても、リーダーが直面する辛い決断を表現する時によく使われています。
創業メンバーの解任、信頼していた部下への処分など、私たちの周りでもこのような場面は意外と多いかもしれませんね。
「泣いて馬謖を斬る」という決断ができるかどうかは、リーダーとしての資質を問われる重要なポイントなのかもしれません。
類語として「苦渋の決断」「大義のために私を捨てる」などがあり、対義語としては「情に流される」「えこひいき」などがあることも見てきました。
これらの言葉を比較することで、「泣いて馬謖を斬る」の意味や使い方がより深く理解できたのではないでしょうか。
英語では"make a painful decision for the greater good"などの表現があり、国や文化は違っても、リーダーが直面する苦悩は共通しているんだなと感じますよね。
もしあなたが組織のリーダーやマネージャーの立場にあるなら、いつかこのような決断を迫られる日が来るかもしれません。
その時は、この「泣いて馬謖を斬る」という言葉を思い出して、辛くても正しい判断をする勇気を持っていただけたらと思います。
日常会話や文章の中で、このことわざを使う機会があれば、ぜひ今日学んだ知識を活かしてみてくださいね。
歴史に裏打ちされた重みのある表現ですから、適切な場面で使えば、あなたの言葉により深い説得力が生まれるはずですよ。