
「色白は七難隠す」ということわざ、聞いたことはありますよね。でも、いざ「どういう意味?」と聞かれると、なんとなくわかるような、わからないような…そんな気持ちになりませんか?
このことわざは日本の美意識に深く関わっていて、江戸時代から現代まで長く語り継がれているんですね。「色白」が持つ魅力と、「七難」が意味する欠点の関係を知ると、日本人の価値観が見えてくるかもしれません。
この記事では、「色白は七難隠す」の正確な意味から由来、実際の使い方がわかる例文、さらには類語や対義語、英語表現まで詳しく解説していきますね。読み終わる頃には、このことわざを自信を持って使えるようになっているはずですよ。
「色白は七難隠す」を理解するための基礎知識

まずは、このことわざの基本的な情報から押さえていきましょう。読み方や意味、そして生まれた背景を知ることで、より深く理解できるんですね。
読み方
「色白は七難隠す」は、「いろじろはしちなんかくす」と読みます。
「色の白いは七難隠す」という形で使われることもあって、この場合は「いろのしろいはしちなんかくす」もしくは「いろのしろいわしちなんかくす」と読むんですね。どちらも同じ意味で使われていますよ。
「七難」の「難」は「なん」と読むのがポイントですね。「しちなん」という響きが、仏教用語の「七難八苦」を思い起こさせる方もいらっしゃるかもしれません。
意味
肌の色が白ければ、顔立ちや性格などの多少の欠点が目立たなくなり、美しく見えるという意味のことわざです。
つまり、色白というだけで美的な優位性があって、他の欠点を補って余りある魅力になるということなんですね。これって、日本人の美意識を端的に表している言葉だと言えるかもしれません。
「七難」というのは、具体的に7つの欠点を指しているわけではなくて、「数多くの欠点」を象徴的に表現しているんです。仏教用語の「七難八苦」から借用した表現で、「たくさんの困難や欠点」という意味合いで使われているんですね。顔立ちの悪さや性格のきつさ、生活の乱れなど、さまざまな難点を含む広い概念なんです。
ただし注意したいのは、このことわざには「欠点があることが前提」というニュアンスが含まれているということ。褒め言葉として使っても、相手によっては皮肉や嫌味に聞こえることもあるので、使う場面には気をつけたいですよね。特に直接本人に向かって使うのは避けた方が無難かもしれません。
語源と由来
「色白は七難隠す」は、江戸時代の滑稽本『浮世風呂』や『浮世草子』に由来すると言われています。これらの作品は江戸の町人文化を描いたもので、当時の庶民の価値観をよく反映しているんですね。
実は日本人の色白礼賛は、もっと古く平安時代から続いているんです。平安貴族の女性たちは、顔に白粉(おしろい)を塗り重ねて、極端なまでの白い肌を演出していましたよね。これは高貴さや美しさの象徴とされていたんです。
江戸時代になると、銭湯が普及して庶民の間でも化粧文化が広がっていきました。白粉文化が大衆化していく中で、「色白こそ美の絶対条件」という価値観が、町人文化の中にも定着していったんですね。江戸の女性たちは白粉で肌を白く塗ることで、美しさを追求していたんです。
このことわざが生まれた背景には、こうした日本独特の美意識の歴史があるわけです。白という色には、清潔さ、純粋さ、高貴さといったポジティブなイメージが付随していて、それが美の基準として重視されてきたんですね。
「七難」という表現も興味深いですよね。仏教の「七難」はもともと火難や水難などの災難を指す言葉でしたが、それが転じて「多くの困難や欠点」を意味するようになりました。ユーモアを交えながら、色白の圧倒的な魅力を表現しているんです。
「使い方」がわかる「例文」3選

ここからは、実際にどんな場面で使えるのか、具体的な例文を見ていきましょう。日常会話からビジネス、さまざまなシーンで活用できますよ。
1:「彼女は色白は七難隠すというように、透き通るような肌の美しさで多くの人を魅了している」
これは、実際に色白の方の魅力を称賛する場面での使い方ですね。
この例文では、その方の肌の白さが持つ圧倒的な美しさを、ことわざを使って表現しているんです。「透き通るような肌」という修飾語と組み合わせることで、より美しさが際立っていますよね。
ただし、直接本人に対して使う場合は注意が必要かもしれません。というのも、「七難を隠す」という部分が「他に欠点がある」というニュアンスを含んでいるからなんですね。第三者について話す時や、雑誌記事などで使う方が適切かもしれませんよ。
2:「あの子の肌は色白だから、ちょっと目が小さいのも気にならない。色の白いは七難隠すって本当だね」
これは、具体的な特徴を挙げながらことわざを実感する場面での使い方です。
目の大きさという具体的な特徴に言及しながら、色白がそれをカバーしていると表現しているんですね。日常会話で使われる自然な言い回しになっています。
ただし、この例文のように「欠点」を明示する使い方は、親しい友人同士の会話など、限られた場面でのみ適切です。公の場や本人の前では控えた方が良い表現ですよね。
3:「色白は七難隠すという言葉があるけれど、現代では個性的な魅力の方が大切だと思う」
これは、伝統的な価値観に対して現代的な視点を提示する場面での使い方です。
ことわざを引用しながらも、それに対する自分なりの考えを述べているんですね。このような使い方をすることで、議論や考察を深めることができるんです。
実際、SNSなどでは「色白だけが美しさの基準じゃない」という意見も多く見られますよね。多様性を重視する現代において、このことわざをどう捉えるかは、興味深いテーマかもしれません。
文学作品での使用例
「色白は七難隠す」は、日本の文学作品の中でも使われてきました。実際の作品でどのように表現されているかを見てみましょう。
泉鏡花の『白い下地』という作品には、こんな一節があるんです。
「色の白いのは七難隠すと、昔の人も云った。しかしながら、ただ色が白いというのみで意気の鈍い女の顔は、黄いろく見えるような感がする。」
この文章は興味深いですよね。ことわざを引用しながらも、単に色白なだけでは不十分で、内面の輝きや生き生きとした表情がなければ真の美しさにはならない、という深い洞察を示しているんです。
このように、文学の中ではことわざを引用しながら、それを超えた視点を提示するという使い方もされているんですね。古くから伝わることわざだからこそ、さまざまな文脈で引用され、議論の材料になってきたんです。
似た意味の「ことわざ」は?「類語」「言い換え」表現
「色白は七難隠す」と似た意味を持つことわざや表現を見ていきましょう。日本には美しさを表現することわざがいくつもあるんですね。
色の白きは十難隠す
これは「色白は七難隠す」のバリエーションとも言える表現です。
「七難」が「十難」になることで、さらに多くの欠点を隠せるという意味が強調されているんですね。基本的な意味は同じですが、色白の威力をより大げさに表現していると言えるかもしれません。
地域や時代によって「七難」だったり「十難」だったりと、数字が変わることがあるんです。どちらも「たくさんの欠点」を象徴的に表しているので、厳密に7つや10個という意味ではないんですね。
米の飯と女は白い程良い
これは江戸時代の庶民の間で言われていた、かなり直接的な表現ですね。
お米と女性を並列に扱っているところに、時代性が感じられるかもしれません。現代では使いにくい表現ですが、当時の人々が色白をいかに重視していたかがよくわかりますよね。
お米も白く精米されたものが上質とされていましたし、「白」が持つ価値の高さが、さまざまな場面で意識されていたことがわかる表現なんです。
色白は七癖隠す
これは「七難」を「七癖」に変えた表現です。
「癖」というと、性格的な特徴やちょっとした変わった行動を指すことが多いですよね。容姿だけでなく、性格面での欠点も色白がカバーしてくれるという意味合いが強調されているんです。
人間、誰でも癖の一つや二つは持っていますよね。でも色白という魅力があれば、そういった個性的な部分も許容されやすくなる、という人間関係の機微を表現しているのかもしれません。
髪の長いは七難隠す
これは「色白」の部分を「髪の長い」に置き換えた表現です。
長い美しい髪が持つ魅力も、さまざまな欠点をカバーする力があるという意味なんですね。色白と同様に、一つの際立った美的特徴が全体の印象を良くするという考え方が表れています。
日本では昔から「髪は女の命」と言われてきましたよね。このことわざも、そうした美意識の延長線上にある表現なんです。
面目一新
これは少し違った角度からの表現ですが、見た目が変わることで印象が大きく変わるという点で類似性があります。
「色白は七難隠す」が特定の美的特徴に焦点を当てているのに対して、「面目一新」は全体的な印象の変化を表していますね。化粧や美容によって見た目が変わることで、全体の印象もガラッと変わる、という意味で通じる部分があるんです。
「対義語」は?
次に、「色白は七難隠す」とは反対の意味を持つことわざや表現を見ていきましょう。外見だけでは判断できない、という教訓を含むものが多いんですね。
見目より心
外見よりも内面が大切という意味のことわざです。
「色白は七難隠す」が外見的な美しさを重視しているのに対して、こちらは内面の美しさや人格の方が重要だという価値観を示しています。
きっと、誰もが一度は「外見だけで判断してはいけない」と教えられたことがありますよね。このことわざは、そうした普遍的な教訓を表現しているんです。現代的な価値観にも通じる、大切なメッセージかもしれませんね。
馬子にも衣装
これは「外見を整えれば誰でも立派に見える」という意味のことわざです。
一見、「色白は七難隠す」と似ているように思えますよね。でも実は、このことわざには「元々の資質はさほど重要ではない」というニュアンスが含まれていて、「生まれ持った色白という特質」を重視する「色白は七難隠す」とは、考え方の方向性が異なるんですね。
「馬子にも衣装」は、努力次第で外見は変えられるという前向きなメッセージとも取れます。生まれつきの特徴を重視するか、後天的な努力を重視するか、という違いがあるんです。
内面の美しさ
ことわざではありませんが、「内面の美しさ」という概念そのものが対義的な価値観を表していますよね。
優しさ、思いやり、知性、ユーモア…こうした内面的な魅力は、肌の色や顔立ちとは関係なく輝くものですよね。「色白は七難隠す」が表層的な美しさに焦点を当てているのに対して、内面の美しさは時間をかけて育まれる深い魅力を指しているんです。
現代では、むしろこちらの価値観の方が共感を得やすいかもしれませんね。SNSでも「本当の美しさは内面から」というメッセージをよく見かけますよね。
「英語」で言うと?
「色白は七難隠す」に相当する英語表現を見ていきましょう。文化が違えば美の基準も異なるので、完全に一致する表現は難しいのですが、似た意味合いの表現はあるんですね。
A fair face is half a fortune.(美しい顔は財産の半分に値する)
これは外見的な美しさが持つ価値を表現した英語のことわざです。
「fair」には「色白の、美しい」という意味があって、西洋でも色白が美の基準の一つとされてきた歴史がわかりますよね。「財産の半分」という表現が、美しさの持つ実際的な価値を強調しているんです。
日本の「色白は七難隠す」と似た発想ですが、「欠点を隠す」というより「価値がある」という前向きな表現になっているところが興味深いですよね。文化による表現の違いが感じられます。
Beauty is only skin deep.(美は皮一枚の深さしかない)
これは実は「色白は七難隠す」とは反対の意味を持つことわざなんです。
外見的な美しさは表面的なものに過ぎず、内面の方が重要だという教訓を含んでいるんですね。西洋では、外見重視の価値観を戒めるこうした表現も多く使われているんです。
日本にも「見目より心」という似た表現がありましたよね。どの文化でも、外見と内面のバランスについては、長く議論されてきたテーマなのかもしれません。
Fair skin is a woman's greatest asset.(色白は女性の最大の資産である)
これは比較的現代的な表現で、直接的に色白の価値を表現しています。
「asset(資産)」という言葉を使うことで、色白が持つメリットを具体的に示しているんですね。「色白は七難隠す」の意味に最も近い英語表現と言えるかもしれません。
ただし、この表現は美容業界やファッション業界で使われることが多く、日常会話ではあまり一般的ではないかもしれませんね。それでも、アジア圏の美容文化を説明する際などには、有効な表現として使えるんです。
まとめ
「色白は七難隠す」ということわざについて、意味や由来、使い方まで詳しく見てきましたね。
このことわざのポイントをおさらいすると:
- 肌の色が白ければ、多少の欠点が目立たなくなり美しく見えるという意味
- 江戸時代の『浮世風呂』や『浮世草子』に由来し、日本の伝統的な美意識を反映している
- 「七難」は仏教用語から借用された表現で、具体的な7つではなく多くの欠点を象徴的に表す
- 褒め言葉として使う際は、「欠点前提」のニュアンスや皮肉に聞こえる可能性に注意が必要
- 類語には「色の白きは十難隠す」「髪の長いは七難隠す」などがあり、対義語には「見目より心」などがある
- 女性にのみ使う表現で、男性には使わないのが一般的
平安時代から続く日本人の色白礼賛の文化が、このことわざには凝縮されているんですね。白という色が持つ清潔さや純粋さ、高貴さへの憧れが、長い歴史の中で美の基準として定着してきたことがわかります。白粉を使った化粧文化の大衆化とともに、このことわざも庶民の間に広まっていったんです。
ただし、現代では多様な美の基準が認められつつありますよね。色白だけが美しさの条件ではなく、それぞれの個性や魅力を大切にする価値観も広がっています。このことわざを知識として理解しつつ、柔軟な美意識を持つことが大切かもしれませんね。
日本の伝統的な価値観を表すことわざとして、「色白は七難隠す」は今後も語り継がれていくでしょう。文化的な背景を理解した上で、適切な場面で使えるようになると素敵ですよね。ぜひ日常会話や文章の中で、このことわざを活用してみてください。