
「鬼の首を取ったよう」ということわざ、聞いたことはありますよね。でも、いざ「どういう意味?」と聞かれると、ちょっと説明に困ってしまうかもしれませんね。実はこの表現、日常生活の中でもよく使われるのですが、意外と誤解されやすいことわざなんです。
この記事では、「鬼の首を取ったよう」の意味や由来、実際の使い方まで、詳しく解説していきます。例文や類語、対義語、さらには英語表現までご紹介しますので、きっとこのことわざを使いこなせるようになりますよ。一緒に学んでいきましょう。
「鬼の首を取ったよう」を理解するための基礎知識

まずは、このことわざの基本的な情報から確認していきましょう。正しい読み方や意味を知ることで、より深く理解できるようになりますよね。
読み方
「鬼の首を取ったよう」は、「おにのくびをとったよう」と読みます。
特に読み間違えやすい部分はありませんが、「首」を「くび」と読むことと、「取った」が過去形になっている点に注意してくださいね。日常会話では「鬼の首を取ったように」という形でも使われることがありますよ。
意味
「鬼の首を取ったよう」とは、小さな成功や些細な成果を、まるで大きな手柄のように過剰に喜んだり、得意げに振る舞ったりする様子を表すことわざです。
このことわざには、実は皮肉や批判のニュアンスが込められているんですね。つまり、本当は大したことではないのに、周りから見ると過剰に喜んでいる様子を揶揄したり、冷やかしたりする時に使われる表現なんです。
例えば、ちょっとした議論で相手を言い負かしただけなのに、まるで大勝利を収めたかのように自慢している人を見たことはありませんか?そんな時に、この「鬼の首を取ったよう」という表現がぴったりなんですよね。
語源と由来
このことわざの由来を知ると、なぜこのような表現になったのかがよくわかりますよ。歴史をさかのぼって見ていきましょう。
この表現は、戦国時代の武士たちの慣習に由来しているとされています。当時、戦場で敵の首を討ち取ることは、武士にとって最高の功績とされていたんですね。特に、有力な武将や強力な敵の首を取れば、それは大変な名誉であり、褒賞や出世につながる大手柄だったんです。
そして、この表現の中に出てくる「鬼」というのは、もちろん私たちが想像するような角の生えた妖怪のことではありませんよね。ここでは「鬼のように強い敵」「最も手強い相手」を象徴的に表しているんです。つまり、「鬼の首を取る」というのは、最高レベルの功績を上げることを意味していたわけですね。
武士たちは、そんな大功績を上げた時には、誇らしげに首を持ち帰って主君に見せたと言われています。その姿は確かに誇らしく、堂々としたものだったでしょう。しかし、この表現が生まれたのは、そうした本当の大手柄ではなく、実際にはちょっとしたことなのに、まるで鬼の首を取ったかのように大げさに喜ぶ人を皮肉るためだったんですね。
つまり、本物の武士たちの誇り高い姿と、ささいなことで有頂天になっている人の姿を対比させることで、その過剰な喜びようを揶揄する表現として使われるようになったというわけです。言葉の由来を知ると、より深く意味が理解できますよね。
「使い方」がわかる「例文」3選

さて、意味や由来がわかったところで、実際にどのように使われるのか、例文で確認していきましょう。実際の使い方を知ることで、あなたも正しく使えるようになりますよ。
1:「友達との口げんかに勝っただけなのに、彼は鬼の首を取ったように自慢している」
これは日常生活でよく見かける場面かもしれませんね。友人同士の何気ない言い合いや議論で、たまたま相手を言い負かしたという程度のことです。
でも、その後しばらく「俺が正しかっただろう?」「あの時の俺の意見が結局当たってたよね」と、何度も何度も周りに言い回っている人っていますよね。本人は大きな勝利だと思っているかもしれませんが、周りから見れば些細な出来事なんです。
この例文では、そんな過剰な自慢をしている様子を「鬼の首を取ったよう」と表現することで、ちょっと冷やかしたり、批判的な目で見ていることが伝わりますよね。
2:「試験で平均点より少し高い点数を取っただけで、鬼の首を取ったように騒いでいる」
学校や職場でのテストや試験の場面ですね。もちろん、良い点数を取れば嬉しいものですし、それ自体は悪いことではありません。でも、平均より少し上という程度の成績で、まるで満点を取ったかのように大騒ぎしている様子を想像してみてください。
本当に素晴らしい成績なら周りも一緒に喜んでくれるでしょうが、それほどでもない成果を大げさに喜んでいると、周囲は冷めた目で見てしまうものですよね。
この例文は、学生さんだけでなく、社会人の方にも当てはまる場面かもしれませんね。資格試験でギリギリ合格点だったのに、まるで最高得点を取ったかのように自慢している同僚を見たことがある方もいるのではないでしょうか。
3:「競合他社の小さなミスを見つけて、鬼の首を取ったように指摘する営業マン」
これはビジネスシーンでの例文ですね。ビジネスの世界では、競争相手の弱点を見つけることも大切かもしれません。でも、本当に些細なミスや欠点を、これ幸いとばかりに大きく取り上げて騒ぎ立てる様子を表しています。
相手の大きな問題点を指摘するならともかく、誰でも起こしうるような小さなミスを見つけただけで、まるで決定的な証拠を掴んだかのように振る舞うのは、やはり行き過ぎですよね。
このような場合も「鬼の首を取ったよう」という表現を使うことで、その人の行動が過剰であることや、周りがそれを批判的に見ていることが伝わるんです。
これらの例文から分かるように、このことわざは主に批判的な文脈で使われるんですね。自分自身について使う時は、自虐的なユーモアとして使うこともありますが、基本的には他人の過剰な喜びようを指摘する時に使われることを覚えておいてくださいね。
似た意味の「ことわざ」は?「類語」「言い換え」表現
「鬼の首を取ったよう」と似た意味を持つことわざや表現は、実はたくさんあるんですよ。ニュアンスの違いを理解すると、より豊かな表現ができるようになりますよね。
有頂天になる
「有頂天になる」は、非常に喜んで我を忘れてしまう様子を表す慣用句です。
「鬼の首を取ったよう」との違いは、「有頂天」は単純に喜びが極まった状態を指すのに対して、「鬼の首を取ったよう」は成果の大きさと喜びの大きさがアンバランスであることを皮肉る点にあります。
例えば、「宝くじで1億円当たって有頂天になる」という使い方なら自然ですが、「宝くじで1億円当たって鬼の首を取ったよう」とは通常言いませんよね。なぜなら、1億円は本当に大きな成果だからです。逆に「100円拾って有頂天になる」と言うより「100円拾って鬼の首を取ったよう」の方が、その喜びの過剰さが強調されるんですね。
得意の絶頂
「得意の絶頂」も、非常に誇らしく感じている状態を表す表現です。「得意満面」という言い方もありますね。
この表現は、自分の能力や成果に対して強い満足感を持っている状態を指します。「鬼の首を取ったよう」と似ていますが、こちらはややニュートラルで、必ずしも批判的なニュアンスが含まれていないこともあるんです。
「彼は初めての契約が取れて得意の絶頂だった」という文章なら、素直に喜んでいる様子を描写していますよね。でも「彼は初めての契約が取れて鬼の首を取ったようだった」と言うと、周りから見てその喜びようが過剰だという批判が込められてくるんです。
天にも昇る心地
「天にも昇る心地」は、非常に嬉しく、幸せな気持ちになることを表現する言葉です。これは比較的ポジティブな文脈で使われることが多いですね。
この表現は、本当に素晴らしいことがあった時の純粋な喜びを表すことが多く、「鬼の首を取ったよう」のような皮肉的なニュアンスはほとんどありません。
「結婚式を終えた二人は天にも昇る心地だった」という使い方は自然ですが、「結婚式を終えた二人は鬼の首を取ったようだった」とは言いませんよね。結婚は人生の大きな出来事であり、その喜びは正当なものだからです。
勝ち誇る
「勝ち誇る」は、競争や対立で優位に立ったことを誇示する様子を表す言葉です。これは「鬼の首を取ったよう」にかなり近いニュアンスを持っていますよ。
この表現も、やや批判的な文脈で使われることが多く、勝った事実よりも、その態度の傲慢さに焦点が当たることが多いんです。「彼は議論で勝ち誇った表情を見せた」という文には、その態度が好ましくないという含みが感じられますよね。
「鬼の首を取ったよう」との違いは、「勝ち誇る」は実際に何かに勝った場合に使われるのに対し、「鬼の首を取ったよう」は勝敗に関わらず、小さな成果で大げさに喜ぶ様子全般に使える点でしょうか。
「対義語」は?
次は反対の意味を持つ表現を見ていきましょう。対義語を知ることで、言葉の理解がより深まりますよね。
平然としている
「平然としている」は、何事にも動じず、冷静で落ち着いている様子を表す言葉です。
「鬼の首を取ったよう」が些細なことで大騒ぎする様子なら、「平然としている」は大きな成果を上げても騒がず、淡々としている対照的な態度ですよね。
例えば、「彼は大きなプロジェクトを成功させたのに、平然としている」という文は、落ち着いた人格者の様子を表しています。成功しても浮かれず、冷静さを保つ姿勢は、多くの人から尊敬されるものですよね。
日本では特に「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という精神が大切にされていますから、大きな成果を上げても平然としている態度は美徳とされることが多いんです。
謙虚である
「謙虚である」は、自分の能力や成果をひけらかさず、控えめで素直な態度を保つことを意味します。
「鬼の首を取ったよう」に自慢する態度とは正反対で、成功しても驕らず、他人を立てる姿勢を指すんですね。
「彼女は大きな賞を受賞したのに、とても謙虚だった」という表現からは、その人の人間性の高さが感じられますよね。特に日本の文化では、謙虚さは非常に重要な美徳とされていて、成功した時ほど謙虚であることが求められることが多いんです。
ビジネスシーンでも、プライベートでも、成果を上げた時に謙虚な態度を保てる人は、周囲から信頼され、好感を持たれるものですよね。
淡々としている
「淡々としている」は、感情を表に出さず、冷静に物事に対応する様子を表します。
喜びも悲しみも表情に出さず、いつも同じペースで物事を進める態度は、「鬼の首を取ったよう」に大喜びする姿とはまったく対照的ですよね。
「彼は初めての成功も、その後の失敗も、淡々と受け止めていた」という文章からは、感情に左右されない安定した人格が感じられます。こうした態度は、特にビジネスの世界では高く評価されることが多いんですよ。
もちろん、喜びを表現すること自体は悪いことではありませんが、小さなことで大騒ぎせず、大きなことも淡々と受け止められる人は、周りから一目置かれる存在になりやすいものですよね。
「英語」で言うと?
最後に、英語ではどのように表現するのか見ていきましょう。言語は違っても、同じような概念があるのは興味深いですよね。
As proud as Punch(パンチのように誇らしげ)
この表現は、イギリスの伝統的なパペットショー「パンチとジュディ」に由来しています。パンチという登場人物が、いつも得意げで自慢げな態度をとることから生まれた表現なんですよ。
"He was as proud as Punch when he won the small debate."(彼は小さな議論に勝って、とても得意げだった)というように使います。
この表現は「鬼の首を取ったよう」ほど批判的なニュアンスは強くありませんが、やや過剰な誇らしさを表現する時に使われることが多いんですね。イギリス英語でよく使われる表現なので、覚えておくと役立つかもしれませんよ。
To make a big deal out of nothing(無から大事を作る)
これは「何でもないことを大げさに扱う」という意味の表現で、「鬼の首を取ったよう」の意味にかなり近いですね。
"He's making a big deal out of nothing. He just won a small argument."(彼は何でもないことを大げさにしている。ただ小さな口論に勝っただけなのに)というように使います。
この表現は、アメリカ英語でもイギリス英語でも広く使われていて、日常会話でもビジネスシーンでも使えるとても便利な表現なんですよ。「鬼の首を取ったよう」の皮肉的なニュアンスもしっかり伝わる表現ですよね。
To crow about something(何かについて鳴き騒ぐ)
"Crow"は雄鶏が鳴く様子から来ている表現で、「自慢げに騒ぎ立てる」という意味があります。
"He's been crowing about his small victory all day."(彼は一日中、小さな勝利について自慢げに騒いでいる)というように使います。
雄鶏が朝から大きな声で鳴く様子を、些細なことで大騒ぎする人に例えているんですね。この表現も、やはり批判的なニュアンスが含まれていて、「鬼の首を取ったよう」のような皮肉が込められているんです。
英語圏の人々も、小さなことを大げさに喜ぶ人を批判的に見る文化があるということが、これらの表現からわかりますよね。文化が違っても、人間の心理は似ているものだなと感じませんか?
まとめ
さて、「鬼の首を取ったよう」ということわざについて、詳しく見てきましたね。ここで改めてポイントをおさらいしてみましょう。
「鬼の首を取ったよう」は、小さな成功や些細な成果を、まるで大きな手柄のように過剰に喜び、得意げに振る舞う様子を皮肉的に表現することわざです。戦国時代の武士が敵の首を討ち取ることが最高の功績だったことに由来していて、それほどの大手柄でもないのに大げさに喜ぶ人を揶揄する時に使われるんですね。
このことわざを使う時は、基本的に批判的・皮肉的な文脈であることを忘れないようにしてくださいね。褒め言葉として使うのは誤用になってしまいますから、注意が必要です。
また、類語として「有頂天になる」「得意の絶頂」「勝ち誇る」などがありましたが、それぞれ微妙にニュアンスが違います。対義語は「平然としている」「謙虚である」「淡々としている」などで、成功しても騒がず落ち着いている態度を表すものでしたね。
私たちも、何か小さな成功があった時には、つい浮かれてしまうこともあるかもしれません。でも、「鬼の首を取ったようだと思われないかな?」と自分を振り返る謙虚さを持つことが大切なのかもしれませんね。
日本の文化では「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という精神が尊ばれていますから、成功した時こそ謙虚でいられる人を目指したいものですよね。
このことわざを正しく理解して、日常会話や文章の中で適切に使えるようになれば、あなたの表現力もぐっと豊かになりますよ。ぜひ機会があれば使ってみてくださいね。
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